78.ハロウィーン当日(前編)
俺の文書作成速度のせいで投稿順序がズレて間に「俺ノート」なんて日記状のモノが入ってしまったが、これがハロウィーン当日の出来事だ。
俺は掃除を済ませると外に出て、ガラス越しに開店前の店内を見た。
まず、外から見ると、ガラス戸にアルファベットを1文字ずつ貼って「HAPPY HALLOWEEN」と書いてある。
これだってスペルミスがないか、ちゃんと辞書を引いて調べた。
結構悩むもんなんだぜ。
「謹賀新年がA HAPPY NEW YEARだよね。じゃ、A HAPPY HALLOWEENでいいのかな。ハロウィーンって1日ってか1晩だし」
とか、
「全部大文字かな、やっぱ。いや、大小混ぜたほうがそれっぽいか? いやいや、今どきは全部小文字ってのもあるよな。それとも、突っ走ってAの代わりに@で書いてみる?」
とか。一応、これでも店長から「学のある子」と思われてるし、変なところで失敗できないから、家で延々時間かけて検討した末の決定だ。
そしてドアを開けると、リアルサイズのオレンジのカボチャがででん、と平積みの商品と踏み台の上に置いてある。これは俺の力作だ。厚紙で形を作ったものにアクリル絵の具で色を付け、仕上げにラッカーを塗ってつや出しした。俺はアートっぽいものを描くのはダメだが、こういうリアル追及系はハマってできる。
で、上を見上げると、オレンジがかった満月の中にホウキにまたがった魔女が飛んでいるシルエットが描かれたのが正面向かって奥の壁に貼ってある。両脇の壁の飾りはお化けやら骸骨やらの切り絵だ。バックヤードに続く入り口のところには竹ぼうきが置かれ、百均で買ったプラスチックのカボチャの小さい容器やらバナーやらが商品の棚に彩りを添えている。
あ、もちろん商品の中でハロウィーンに関係ありそうなものや、ホラーものをまとめて置くコーナーもレジの近くに作ったぜ。
今日売れるかどうかは分からないが、派手に宣伝販売ぶちかます同業大手への意地ってことで!
でも、展示スペースがじゅうぶんある隣の美容室や、その隣の英語教室(英語のスペルはココで聞けばよかったんだ!)と比べてまだまだ見劣りしてるのは否めない。
ま、今のところは、な!
ここから大きく挽回するつもりだ!
店長から店内の飾りつけを頼まれたとき、俺は二つ返事で引き受けた。
得意ではないが、やったらそこそこやれるんじゃないかと思って。
しかし実際に始めてみると、つくづく才能のなさを思い知らされた。
ハリボテのカボチャのように、俺は一つの小さいものを作ることはできるけど、その後が完全にお手上げ。何をどう配置したらそれらしくなるんだかさっぱり分からなかった。
センスのなさに関しては、ひなこちゃんも俺といい勝負だ。
いや、ぶっちゃけ、もっとアレかもしれない。
例えば、正面の壁に貼ってある満月。
なんとなく予想がつきそうだが、ひなこちゃんは最初あれを躊躇なく蛍光イエローで塗った。
『夜、光ったら素敵だと思って』
でも、残念ながらこの店は深夜営業じゃないんで、閉店後に電気を消した後に光っても意味ないし、念のため、夜、わざわざ店によって見てみたけど、やっぱり全然光ってなかった。
それから、ひなこちゃんが描いたカボチャもすごかった。
「!」
ひしゃげて緑のカビが生えた夏みかんかと。
そこになんだか黄色のしま模様がちらほらあって、目を細めてじーっと見たら、秋の食卓でおなじみの国産カボチャを模したものらしいと分かった。絵の具の量も少なく水彩画っぽいので、つい、同じ技法で横にタマネギでも描いて、
仲良き事は美しき哉
と、一筆添えたるほどで。
『…私、やっぱり下手ですよね…』
俺が言葉を失っていると、ひなこちゃんがぽつりと言った。
『いや、そんなことはないよ、そんなことは。…そんなことは』
俺は慌ててフォローしようとしたが、悲しいかな、俺自身もセンスがないので、何をどうしたらよくなるんだかアドバイスのしようがない。
ハロウィーンはすぐ目の前だってのに。
店長から飾りつけ用に特別に予算をもらってやってるのに。
この出来ではあまりにもひどすぎる。
しかし、どうしたらこの事態を改善できるんだか。
しばらくためらった末に俺はスマホを手に取った。
「遅くなりました〜♪」
大きいショッピングバッグをいくつも抱えた手がドアを開け、レジにお釣りを入れてた俺は顔を上げて入って来た人物を見た。
ひなこちゃんではない。
友人Bだ。
「あー、まだ俺以外誰も来てねぇよ」
「なんだ」
Bはそう言うと持っていたものをドサッと床に置いた。
「ま、とにかく始めよう。「俺」も手伝って」
掃除を済ませ開店を待つばかりだった俺の職場は、Bがバッグからいろいろ取り出すとたちまち足の踏み場もない状態になった。
実は、ハロウィーンの2日後から俺たちの学校で学祭(学園祭のこと)がある。身バレするのが嫌だから詳細は書かないが(学祭については75話にちょこっと書いといたし)俺は体を張ったステージ発表と屋外での公開パフォーマンスをやる予定で、Bの所属サークルは模擬店で「メイドカフェ」をする申請を出している。
そして、Bが去年に続いて今年も模擬店のセッティングを担当すると聞いた俺は、ダメ元で助言を乞うたのだった。
Bは5日前に一度来て、俺とひなこちゃんがやった絶望的な飾りつけを改善し、当日である今日、最後の仕上げをしに来てくれたのだ。
そうそう、あの満月を塗り変えたのもBだ。
『蛍光色は立体感を損なうし、他の色と調和しないから使わないほうがいい』
そう言いながら、Bは大胆に蛍光イエローの上にオレンジ色を乗せていった。
『ほらね? 実際の月の色とは違うけど、こういうのは多少デフォルメさせたほうが雰囲気出るよ』
せっかく自分が描いたものを直されたら、泣いちゃうんじゃないか。
俺は内心ヒヤヒヤしながらBの仕事ぶりを見つめるひなこちゃんを横目でうかがったが、彼女はまるで教会で牧師の話を聞く信者のように両手を組んで目をうるうるさせている。
よかった。喜んでくれてるっぽい。
ひなこちゃんがBに信頼を寄せる様子は傍で見ていて妬けるが。
「今日一日くらい店の中が暗くなってもいいよね? はい、これ持って」
俺が暗幕を掲げるとBはすかさずガンタッカーでバシバシとホチキスの針を壁の合板部分に打ち込み、固定させた。そして数枚小型の暗幕を貼ったら、たちまち店は暗くなり、学祭によくある占い師の館みたいになった。あ、壁にホチキスは店長から許可もらってるので問題ない。
「ガラスドアは暗幕は無理だから、黒の模造紙で覆う。そして内側に星を貼る」
「はい」
「他にいろいろ貼ってあるものは「HAPPY HALLOWEEN」以外、今日一日だけ外しとく。それから、ゆるキャラの飾りなんかもどける。ハロウィーンのイメージ壊すからな」
「はい」
「キャンドルは使ってもいいのか?」
「いや、商品に燃え移ったりするとマズいからダメだ」
「じゃ、電飾にしよう。アダプター用のコンセント、足を引っ掛けたりしないような位置でどこか」
「了解」
さすがは模擬店運営の責任者だけある。短い時間で俺の職場はすっかりおどろおどろしいムードになった。
「ところで「俺」持ってきたか?」
「あ、ああ」
俺は家から持ってきた紙袋の中身を取り出した。
これだけ内装やるんだから、店員もそれなりの格好をしなくては。
最後の仕上げとして、Bは俺にハロウィーン・コスを命じた。
「何、これ」
「見りゃ分かるだろ。シーツだよ。これ被って「オバケ〜」ってことで」
俺は白いシーツ、厳密には「布団カバー」をBに見せた。
「家にこれしかなかったんだ。これだって、オカンからは穴開けたり絵の具付けたりするなって言われてる」
Bががっくりと肩を落とした。
「店をここまでやっといて、コスプレがソレはあり得ない。…ちょっと待ってろ」
そう言うなりBは店を飛び出し平たい箱を抱えて戻ってきた。
「あんまり職権濫用したくないが、そのオバケで店のムードぶち壊しにして欲しくないからな」
箱を開けると、中には白い長袖シャツ(タキシードシャツだと)、黒のジャケットにグレーのベストとパンツ(ズボンって意味な)、カフリンクス(カフスボタンと呼ぶとダサいとか)、それから喉のところで留める短いタイ(クロスタイって言うんだって)が入っていた。
「職権濫用って、お前んトコ「メイドカフェ」じゃなかったっけ?」
「女子は、な。男子は執事と裏方なんだよ」
って、さっき使った暗幕も黒の模造紙もメイドカフェ設営用だから、Bはもうすでに職権濫用やりまくってるのだが。
Bは服を広げた。
「お前なら、一番大きいサイズでいいな?」
「え。俺がこれ着るの? マジで?」
「メイド服のほうがよかったのか? 一応、大きいサイズもあるが。ウィッグも、それからブラとかパッドも。メイクセットもあるんだぜ」
Bは喜々として言う。目が本気だ。
「…これをありがたく着させていただきます」
俺は執事服をおしいただいた。
執事服などという、生まれてこのかた触ったことも近くで見たことすらなかった衣装をどうにかこうにか着てバックヤードからよろめき出ると、俺を見たBはヒュウ、と口笛を吹き、手をパタパタとあおいで胸元に風を送った。
「オオゥ、ホット。馬子にも衣装だわね」
「誰が蘇我馬子やっ! それじゃ、褒められてんだかけなされてんだか、分かりづらいわっ!」
一応、訂正入れとくが「馬子にも衣装」な。ネット検索すると「孫にも衣装」がズラズラ出てくるから、日本語の将来が不安になるは。
それと、ファッションとなるとオネエな言葉づかいになるB。なんか、キャラが変わりすぎてね?
「う〜ん。せっかくだから、もうちょっと極めたほうがいいわねぇ」
Bは両手の人差し指と親指で長方形を作り、それ越しに俺を眺めてブツブツ言うと、指先で俺の髪を分け目をつけ、どこからか取り出した伊達メガネを載せた。
「うん、いい感じ♡「俺」も見てみなよ〜♪」
鏡を持つ習慣のない俺は、スマホの自分撮りで見た。
「これが俺っ!?」
はい、お約束なので一応、このセリフを言ってみた。
自分ではそこまでいつもと違って見えるとは思えない。
それよりも、個人的にびっくりしたのは、こういう格好をすると、
俺が父ちゃんそっくりになること。
「ダージリンを淹れろ、だと? どうせ、産地の名前だか、風味の名前だかも知らずに言ってるだけだな、この下賎な成り上がり者が! 茶の名前を出すなら、産地だけでなく、ファーストフラッシュかセカンドフラッシュか、どこの農場か、まできっちり指定しろ。それができなければ、とても本物の上流階級とは認められない。まあ、せいぜい、成金は成金らしく、産地偽装された安物のブレンド茶を大金出して有難がって飲み、その無駄遣いで世界経済に貢献するんだな! はーっはっはっはっは」
調子に乗って、父ちゃんになりきり冷めた目つきでメガネの縁をくいっと指で押し上げてみせると、Bは小さく悲鳴を上げ3メートルほど後ずさった。




