6.母ちゃんの小説 第2話
前方を走っていたはずのアウディやサーブもバイクの集団に誘導されるまま脇道へ降りて行き、既に姿を消している。そしてカマロも十台ほどのバイクに前後左右をがっちり固められた状態で有無を言わさず煤けたビルの地下にある無人の駐車場に案内された。恐らく取り壊しが決まっているのだろう、全く整備のされていない駐車場にはコンクリートの塊がそこかしこに転がっており、彼らの他には車は一台もなかった。
「降りろ」
集団の一人、坊主頭の大男がカマロのバンパーを蹴飛ばした。
灯りのないむき出しのコンクリートの駐車場は空気が重苦しく澱み、排気ガスの耐え難い熱気をはらんでいる。その片隅で十数台のバイクはライトをつけたままカマロを取り囲むように円を描いて停車していた。
彼らは思い思いに凶悪な服装はしているが、十代より上の者はいないだろう。竹刀を担いだもの、じゃらじゃらと鈍い音を立てるチェーンを腕に巻きつけているもの……いずれもが荒々しい昂ぶりを体じゅうにみなぎらせている。さながら飢えたジャッカルの群れだ。
「てめぇら、降りやがれ」
坊主頭がもう一度バンパーに蹴りを入れた。
その攻撃が終わるなりドアが開き、二人の男が車から出て来た。
ゆっくり立ち上がるとその背丈は坊主頭とほぼ同じであることが分かる。百八十を優に越えた長身はそれだけで少年たちを圧倒した。
「今晩は」
麻のジャケットを腕まくりした男が言った。甘く響きのよい声である。
「俺たちに用かい」
ジャッカルの集団は彼の言葉に一瞬沈黙した。しかし髪を赤く染めた頭と思われる少年が坊主頭を後ろに下げ、一歩、前に出た。ライトに浮かび上がる緋色の甚平に雪駄ばきのラフな服装が逆に特攻服で固めた他の少年たちと一線を画しているように見えた。
彼は仲間を意識してか、心持ち胸を反らせ低い声で言った。
「用ありだ。目障りなんだよ、テメェのド派手なカマロが」
それをきっかけに集団はドッと笑い、勢いづいたように冷やかしの声を上げ始めた。
「めかし込みやがって。これから女のところにまんまん(・・・・)しに行くのかよ」
「カッコつけてよぉ」
「スケこまし」
二人の男は彼らの嘲笑をだまって聞いている。
バイクのライトだけが白々と明るい駐車場で少年たちの笑い声は生ぬる空気をかき乱し、コンクリートの壁に反響した。
ひとしきり笑い終えるとジャッカルたちはカマロと二人の男に交互に目を走らせた。
「迷惑料、いただこうじゃないか」
赤毛の少年が声を荒らげ、目に力を込めて男たちの無機質な黒いサングラスを睨みつけた。
「何の迷惑料だ」
グレイのスーツの男が訊いた。
少年は地面にぺっと唾を吐くとカマロに向かって顎をしゃくってみせた。
「ああいうひでぇ車でオレたちの前を通ったからな」
急に緊張の糸が切れた。
「分かるよ。僕だってこんな車見たら腹が立つだろうな」
「やっぱりポルシェにするべきだった」
二人は武器を持った暴走族に囲まれているという状況を忘れたかのように肘突き合い、軽口を叩いた。
「何がおかしい」
少年が吠えた。
彼はバイクのキーを抜き取ると、指先でこれみよがしにもてあそんだ。
「その笑い、止めてやらあ」
そう言うなり少年はカマロのボンネットに近づき、手にしたキーを一閃した。
キキキキキ。
耳障りな音とともにカマロの車体に白く細長い傷がついた。
剥がれた塗料が音もなくコンクリートの地面に落ちる。
「どうだ」
彼は勝ち誇った声を上げ、二人を振り返った。
どんなに平静を装っていてもたいていのヤツらは愛車を犯られると途端にボロを出す。前にボルボのカップルを脅したときも、男はミラーを一本へし折っただけで三十万と女を差し出しやがった。
だが。
二人の男は声一つ上げず平然と傷ついたカマロを見つめていた。愛車が傷ものになろうと潰れようと全くこたえないようだ。
怒りの衝動が少年の内にこみ上げた。
「これでどうだ」
彼はバイクの荷台から鉄パイプを抜き取ると、力まかせに助手席の窓ガラスに叩きつけた。
ベキ。
鈍い音がしてガラスに細かな亀裂が入り、次の瞬間無数の粒と化したガラスはバラバラと音を立てて周囲に散らばった。
頭の少年は息を弾ませて二人を睨みつけた。
「これでも、まだ、おかしいか」
無表情な二つのサングラスが彼の目に映った。唇には依然として不敵な笑みをたたえている。
ややあって、麻ジャケットの男がポツリと言った。
「おまえがムキになるのがおかしくてたまらんな。俺たちを怒らせてどうするつもりだ」
「うるせぇ」
少年は大声を上げた。
「ガタガタ言うんじゃねぇ」
鉄パイプがドアミラーを片方はじきとばした。
グレイのスーツの男は静かに二人のやりとりを見つめていたが、おもむろにスーツの内ポケットに手をやると何かつかみ出した。
手の切れそうな新札の束だった。
「ここに五十万ある。今夜のところはこれでおひらきにしてくれないかな」
彼はそれを頭に手渡そうとした。
「ざけんじゃねぇ」
少年の怒りが爆発した。
「金だけで済むと思ってんのかよ」
彼は男の手から札束をむしりとると、それを力強く地面に叩きつけ、雪駄でぐしゃぐしゃに踏みにじった。
同時に上げた片手の親指は二人の喉を掻き切る仕草をする。
「やっちまえ」
その声と同時に十数人の少年たちはそれぞれの獲物を握りしめ、二人の男を取り囲んだ。
「雄司、どうする」
麻ジャケットの男が相棒に尋ねた。
「遙、おまえはどうしたい」
青年は斑に輝く髪をひと振りして答えた。
「殺・り・た・い」
グレイのスーツの男はサングラスの奥でかすかに笑ったようだった。
「許す。ただし半分だけ(・・・・)にしとけよ」
(あとがき)
今回、時間予約(だっけ?)に挑戦してみます。
今はあんまり時間制約ないから無茶してるけど、もう俺の夏も終わりに近づいてるから、今後はリアルのほうの生活に支障を出さないようにやっていかないといけないんです。
夏の向こうには地獄が待っているし……。
by「俺」