42.母ちゃんの小説 第21話
「別件。一体どんな内容だ」
ワイングラスに手を伸ばそうとした桃子を押しとどめながら雄司は尋ねた。
「さあ。私はお預かりしただけですから詳しくは存じませんが、律子様がその事件に強い気をお感じになたれたそうでございます」
雄司の脳裏に白い小袖に緋の袴姿の姉・律子の面影が浮かんだ。神社の巫女職にある彼女は十五歳で社に入って以来ほとんどの時間をそこで過ごし、二歳下の実の弟である彼とは一年に一度顔を合わせるくらいであった。
但馬は読み終わった書状を折り畳んで胸ポケットに収め、別のポケットから一通の手紙を取り出すと雄司に手渡した。
「こちらが別件でございます」
手紙が指先に触れた瞬間目に見えない電流のようなものが走り、雄司は思わず手紙を取り落とした。
「こいつはすごいな」
痺れた手を反対の手でさすりながら雄司は手紙を拾い上げた。
「……気はものすごいが、内容は人探しか」
その瞳に白い光芒が満ちている。
「さすが惣領どの。中を見なくても分かるとは」
間島が感嘆したように言った。
雄司は手紙をポケットにねじこみながら首を振った。
「いや。この手紙に残存する気が強いからさ。触っただけで差すように響いてくるんだ。——これはかなり厄介なものだ」
「では、及ばずながらこの但馬が」
「大丈夫。関東は遙だっているし」
「その影島が問題だ」
間島はテーブルに肘をついた。
「あいつは仕事を仕事と思っちゃいない。気の向くまま好き勝手なことばかりやっているだけだ。あんな奴が「シマ」の、しかも島邑どのの傍系なんて」
「ナンバー2の島崎・間島組としては甚だ不満というわけか」
「涼、そんなんじゃない」
彼は島田をジロリと見た。
「影島はいくら血族とはいえ一度は「シマ」を離れ敵対した奴だ。今は軍門に下りおとなしくしているが、いつ裏切るともしれない」
雄司は指先をポケットの縁にかけて彼らの言葉を聞いていた。
確かにある点では間島の言うことは正しい。
遙は純粋な野性の嵐だ。普段はナンパなミュージシャンを気取っていても、ひとたび怒りの衝動に囚われると彼はすみやかに「シマ」の力を開放し相手を抹殺する。
今、遙の力を正面から受け止め、消すことができるのは同じ血を持つ雄司一人だった。
しかし雄司はちょっと肩をすくめて首を振った。
「いや、それはないね。あいつは確かに僕らとは違う。でもあいつはあいつなりに引き受けた仕事はキッチリやっているよ。…ただ素直になるのが苦手なだけだと思う」
間島はーー血統順位を重んじる彼は上位者に楯突くなどということは滅多にしないのだがーー納得しかねる、という表情で息を吐いた。
「いいじゃないか、慎一さん。雄司さんにおまかせすれば」
白い手が優雅に空にそよいだ。
「彼だって「シマ」さ。それも最高位の。どんなに憎もうと、離れようとしても、彼の孤独を理解してやれるのは我々一族しかいないんだからね」
「うう」
間島もそこまで言われると、もう何も反論できなかった。
『フフ…オーケイ』
緑の瞳が暗がりで面白そうにまたたいた。
『…しかし、間島の野郎が考えることは分かっていたけど、島田が俺を弁護するなんてな』
『そんなことより、今回の仕事、できるよな』
「分かってる、分かってる」
遙はけだるそうに口でつぶやいた。
「え…なぁに」
「いや、何でもない」
獣の唇に笑みが浮かんだ。
『会合は終わったから、朝一番で帰るぞ。車は出せるよな』
『大丈夫だってば』
『あんまり可愛がりすぎると立てなくなるんじゃないか』
『俺が』
『バカ、あの坊やがさ』
そこまで言うと雄司の声は遙の頭の中に響いて来なくなった。
「どうしたの、遙」
少年の白い腕が獣の肩にまわされた。かたときも離れたくない、と瞳が訴えている。
「ん、何でもない。用事はもう済んだ」
遙は翔を抱きしめ喉に唇を押し当てた。
「明日は早いからもう寝たほうがいい」
「じゃあ、おやすみのキスして」
翔はすねたような口調で言い、唇をつきだした。しかし獣がおおいかぶさると途端に喉を鳴らし自らむさぼるようにすがりついていった。
やったー。ついに「部屋」を脱出っぽいので、俺はうれしいです。
母ちゃんの監視をかいくぐり、心を削られないように無表情でひたすらノートの文章をタイプしては危険な箇所を変換する日々(涙)
もう俺、最近はずっと名乗ってなかったけど、かなりバージョンアップして「母ちゃんの自動書記5.8」ぐらいにはなってると思います。
しかし、無情にも「母ちゃんの小説」はまだ続くのでした。
by「俺」




