36.母ちゃんの小説 第18話
(今回残酷なシーンがあります。現在空腹の方は閲覧をご遠慮ください。と、取り敢えず書いておきます。by「俺」)
少年は膝をがくりと落とした。
遙は身を起こした。闇の中で緑の目と桃色の舌が光る。
「どうだった」
翔はまだ肩で大きく息をしている。
「…良かった…とても」
頬を赤らめながらつぶやいた。
夢うつつのままうっとりと目を閉じている翔を遙はうつ伏せにした。背骨に沿って食べ終わったカリカリ君の棒を滑らす。
「くすぐったい」
シーツに顔を押しつけ翔がクスクスと笑った。
「次は何をするの、野獣さん」
遙は無言でベッドを下り、テレビの下のキャビネットの戸を開いた。
ホテル等の宿泊施設ではそこにセイフティボックスやミニバーが備え付けてあるのだが、ここは但馬が管理している「シマ」一族の別荘である。それらの設備の代わりに意味なくむやみに大きい横長の冷蔵庫があった。
遙は冷蔵庫の扉を開けた。
私は七面鳥である。名前はたぶんない。
雪深い町の養鶏場で生まれ、一年余を過ごしてから出荷された。
ここが何処なのか私には分からない。
何しろ出荷時に首を落とされてしまったから周りが見えないのだ。
食肉店、そしてこの屋敷に来てからも私は冷たいところでずっと凍えていた。
私はこのままいつまでもこうしているのだろうか。
そう思ったとき、急に誰かが私が眠る冷暗所を開け私を取り出した。
「おー、これはデカいな。五、六人前はある」
男の手だった。養鶏場のゴツゴツした、だが手際よく均等に私たちに飼料を撒いてくれた手とは違う。
それは私を調理台と思われるテーブルに乗せると、両手を私の股のあいだに差し入れ、両足を左右に大きく開いた。そして足の間を覗きこんだ。
熱を帯びた手が尻に触れ、私は思わず足を引っ込めようとした。
無論できなかった。
私は調理用の加工済み七面鳥であり、私の足は腿の部分から先は切り取られてもう無いのだから。
そしてそれ以前に。
私はすでに死んでいる。
「えっと、これはどっちから入れるんだ?」
大きな手がやにわに私の尻をこじ開けた。
「渇きを癒やした野獣は生贄を料理する。今度の生贄はお前、七面鳥だ」
「やだ。七面鳥よりボクを料理してよ」
二人の男の会話が聞こえる。
不思議だ。視覚は無いのに聴覚は残っている。
私の耳は首についているはずなのに。
もし生きていたら、私は男から逃れようと激しく身をうねらせただろう。しかし現実には男の指は容赦なく私の体内に侵入した。
「やめて、ハルカ。いやぁ」
若い男の声が私に代わって哀願する。
「料理する前にちゃんと手を洗ってよぉ」
「大丈夫だって。焼けば消毒殺菌になるだろ」
両手の親指が肉の奥に深く埋没していく。
「最初に塩を揉み込んどくと味がついていいらしい」
「きゃっ」
若い男がきれぎれに細い泣き声を上げた。
「どうした?」
「料理に使うワインを開けてたら、コルクが中で割れちゃって。取ろうとしてたら指が抜けなくなっちゃったんだよぉ」
調理台の下で荒々しい息遣いが聞こえてきた。
男たちがワインボトルから指を抜こうとしているのだ。
「力を抜け。りきむとかえって辛いぞ」
「い…たい。指が…紫色に…」
「膝を立てろ」
「え」
「いいから膝を立てろ。俺が抜いてやる。息を吐け、ショウ」
男に言われるまま、若い男が大きく息を吐いた。
ずっぽん。
抜けたようだ。
全く何をしているのだろう。調理台の上の私には彼らが料理そっちのけでいちゃついているようにしか思えない。
私、七面鳥を含む鶏肉は足が早い。足が無くなっても早い。さっさと調理しないと食中毒を引き起こす可能性もあるというのに。
「よし、指も抜けたことだし、料理の続きだ」
再び親指が内壁ごと私を持ち上げ、私はいやおうなく上半身を調理台につけたまま膝をついて立ち、足を大きく開かされる姿勢にされた。
誤解されたら困るので何度も繰り返すが、私は調理用の七面鳥で、若い男ではない。
男はそろそろと私の尻にニンニクを近づけた。ニンニクの、そそり立つ逞しい茎の切り株が自分に当たるのを感じ、私はめまいを覚えた。
この男は馬鹿かもしれない。ニンニクを皮を剥かずに丸ごと私の体内に収めようとしている。
「ハルカ、ニンニクは皮を剥いて。その後は手で刻むと臭いが取れなくなっちゃうから、専用のつぶし器を使うといいよ」
「そうか」
私の内壁を押さえつけていた二本の指がゆっくりと肉の外へと後退しはじめたのでほっとした。進入時と違いそれほど抵抗はない。
しかし抜けかけた指は体を離れる寸前に切り込み部を大きく開いた。そして同時に今度は指などくらべものにならない巨大なものが閉じかけたそこに押し当てられた。
「くっ、キツいな」
熱く濡れた何かが開口部を押し広げ、私の体の中心に向かってゆっくり分け入ってきた。
内壁いっぱいに異物感が広がる。
吐き出そうにも兇器は私の意志とは関係なしに入り込む。生前鍛えた私の臀部の筋肉がそれを拒もうとするが、内壁に塗られたバターの滑りが異物を動きやすくしており、指のときよりずっと大きいにも関わらずヌルヌルと入ってくる。私、七面鳥の体内に。
「あぁ…あぁ」
若い男が声を漏らした。
「もう、何やってんの! それ、付け合せのジャガイモだってば。適当に四等分ぐらいの大きさにしてトレイに置く。他にカボチャとサツマイモと玉ねぎも同じようにして切っておいてね。ボクは鶏の中に詰めるスタッフィングを作っとくから」
「へいへい、分かりやした」
一時は先行きが危ぶまれたが、どうやら二人の男は無事に料理を進めているようである。私は安堵した。
自分の生命が失われてしまったことに対する寂寥感は今も私の肉のどこかに漂っている。私の肌に抜き残った数本の羽毛のように。
しかし、それと同時にふつふつと全く正反対の奇妙な感情も湧き上がっていた。
一塊の肉、食材として弄り回される苦痛が調理の手順を経るうちに快感、悦びへと昇華していったのだ。
思えば、幼鳥期の私は毎晩鶏舎で飼育係が子守唄代わりに七面鳥の調理法を読み聞かせてくれるのを楽しみにしていた。そして成鳥となってからは、一体自分は将来どの等級で売られることになるのだろうと期待と不安の混じった日々を過ごした。
それが今、終結しようとしている。
人間に食べられることが私の逃れられない宿命なら、万人に美味しいと言われる料理となることが私の究極の願いだった。
これがオ◯ガズムであろうか。
いや、私はオーガニックだ。
「じゃあ、スタッフィング、入れるね〜」
失われた臓器の代わりにパン、クルミ、刻んだ玉ねぎとセロリ、バター、刻んだ青リンゴ、レーズン、オリーブ(緑)、チキンストック、刻んだ新鮮なパセリ、セージ、塩、コショウで作られた粗いペースト状のスタッフィングが私の体内を満たし、ふくらませていく。
「あ、ハルカ、切り口のとこ、タコ糸で縫っておいてくれる? スタッフィングが出ないように」
「ほいほい」
「はーい、じゃ、オーブンに入れるよ〜」
予熱されたオーブンの火がたちまち私を炙る。
熱い。死にそうだ。
いや、もう死んでいる。
これは地獄の業火か。
違う。違うに決まっている。
私の体から滲みでた脂は蒸気となり、ファンを通って排気口を抜け、屋外へ出る。
そして上昇する。
成層圏の彼方まで。
お父さん。
お母さん。
先に逝った兄弟たち。
見えますか。
私は立派な料理になりました。
これからみなさんのところへ参ります。
七面鳥の天国へ。
「……という話なのさ」
「へぇ〜」
翔は感嘆の声を漏らした。
「大変だね、そのカワシマって家の人。肉、食べるたびにその動物の一生が見えるなんて」
「まあな。だから川嶌の連中はほとんどがベジタリアンだ。同じ「シマ」でも川嶌に生まれなくてよかったよ。俺はバリバリの肉食獣だからな」
「ねぇ、そのカワシマのトオルって人、ボクと同じ年ぐらいなんでしょ? カワイイの?」
「なんだよ、妬いてるのか。そんなこと考えてないで、肉食え、肉」
三時間後。
遙と翔は寝室で焼きたての七面鳥がメインの超遅い夜食とも超早い朝食ともつかぬ食事を取っていた。
何なのでしょうか。
試験は散々だったのに、この高揚感は。
これがライターズ・ハイというヤツでしょうか。
これで原稿用紙に換算して4枚分の改変地獄を抜けました。
地雷だらけの平原を無事に走りきった気分です。
母ちゃん、俺、やったよ!
by「俺」




