3.痛恨の朝
俺、今、ものすごく後悔してる。
やっちまった。
「俺も今日から栄えある高知市民の仲間入りだぜっ!」
深夜、小さくつぶやいてクリックボタンを押したのが数日前。
そのときは「とっとと完了させて、寝る寝る寝る寝る〜」の一心で二心はなかった。
しかし。
翌朝起きて「あ、昨夜、ちゃんとアップしたか確認するのを忘れたぜ」と、サイトにアクセスしてみたら。
俺のページがあった。
それだけじゃない。
誰かが来た形跡まであった。
お、おう。
過去の章を読んだ人なら、ここでの俺が完全な門外漢であることは分かると思う。
俺にとってのネットは「何か面白いもの・変なもの・エロいものを掘り起こして見せ合う場所」なので、仮に俺が、
『オレ、こんなもん見つけたったwwwww』
と書いたら、すかさず誰かがいいタイミングで、
『なんぞコレwwwww』
『ちょwwwww』
なり、
『なんだ、ツマラン』
『だまって1万年ROMってろ』
といった、合いの手を入れてくるのが普通だと思っていた。
しかし、ここは違う。
まず、読み物として形を成したものを一定の分量準備し、作法に従って設置し、読み手が現れるのを座して待たなければならない。そして、待望の読み手が現れたら、今度は彼らが反応を見せるまでただ粛々と次の燃料(ここでは「次話」と呼ばれているようだ)を投下し続ける。
あ、アレっすね。
田舎の道路脇とかにある、無人の野菜販売と同じシステム。
でも、売り場はひっそりとしているものの、実は野菜置いた人は物陰で見張っていて、
『客、来たーっ!』
『野菜、取ったー!』
『金、置いてかんかったー!』
と、一喜一憂する感じ。
このやり方、合う人には合うんだろうけど、俺のように手持ちの弾が少ない(てか、ほぼ無い)状態でネットに出て行って、そこで他の連中と叩き合いながら即席の読み物を生成していくタイプには向かないと分かった。
しかし、もう登録しちゃったしー。
母ちゃんのペンネームも晒しちゃったしー。
何かタイトルそのまんまな「あらすじ」も頑張って書いたしー。
やっぱ、やるしかないんだよなぁ。
ネットの座り心地に形容しがたい違和感を感じつつ、だからといって即効の解決案もないまま、俺は密かに「日常+ニワカ覆面作家生活」を続けていた。
今朝まで。
『じゃ、発表時間には全裸待機なwwwww』
いつものように、例の場所で好き勝手な会話を楽しんだ俺は、この言葉を最後にいったんログアウトした。
今、思うと、ここでアラームをセットして寝てしまうべきだった。
しかし、一方で「母ちゃんの小説も早くアップしないと」と逼迫した気持ちもあり、俺は約束した時間まで打ち込みしながら待つことにした。
した…………。
朝、起きてまず目に入ったのがベッドの上に開いたまま置いていたノーパソ。普段は効率重視でデスクトップだが、昨夜はリラックスタイムを作業に充てたため、ベッドにノーパソを持ち込んでパコパコしていたのだ。
「寝落ちしちまったぜ」
確か、最後の最後まで打ち込みしていた記憶がある。
画面を確かめようと手を伸ばしたところで、いきなりフリーズした。
ノーパソではなく、俺が。
有言実行な俺は、ちゃんと自分の最後の言葉どおりにしていた。
たとえそれがネット上の符丁であっても、こんな記念すべき瞬間はこちらも後々記憶に残るそれなりの迎えかたをしなきゃいけない。
そう決意していた。
『じゃ、発表時間には全裸待機なwwwww』
2013年9月8日日曜日。
俺は一生に一度あるかないか、いや、ないほうが確率的に多いであろう、
「東京がオリンピック開催地に選ばれた瞬間」を見過ごした。
全裸で。
起きたとき、俺の身体は掛けた覚えのないシーツで覆われていた。
時系列で言うと、恐らくは、
俺、寝落ちする
↓
オリンピック開催地発表!
↓
朝、起きていた母ちゃん、ニュースを知らせに俺の部屋に乱入
↓
(お見苦しい点がありましたことを深くお詫びします)
↓
俺、起床
↓
俺、フリーズ
(今ココ)
このような出来事があったと思われる。
何食わぬ顔で下に降りたが、俺は居間でテレビを見ている母ちゃんの顔を正視できず、不自然にカニ歩きしながら冷蔵庫を開け、とっさに掴んだものを持って部屋に駆け戻り、朝メシとした。
7年後、俺は東京オリンピックをどこで見るかは分からないが、今朝食べたものは一生忘れないだろう。
朝「アイス」が流行っているなら、朝「木綿豆腐丸ごと一丁(ただし薬味&しょうゆ抜きで)」だって流行ってもいいと思うんだ。
母ちゃんに恥ずかしい姿を見られた俺ではあるが、母ちゃんの恥ずかしいブツのほうはどうにか死守した。
というか、俺が寝ている間にベッドの下に落ちたらしい。
母ちゃんに見つからなくて、本当によかった……よかった……。