22.母ちゃんの小説 第11話
浴衣を半ばはだけベッドの上で寝そべっていた翔は急に全身を襲う圧迫感に目を開けた。
金縛りに遭ったように四肢が動かない。しかし目だけは辺りを見まわすことができ、やがて籐椅子の横にしゃがみこんでいる少女の姿を見とめた。
少女は翔と目が合うと立ち上がり、不思議そうに彼の顔を覗きこんだ。
「だぁれ」
そう言うと首を傾げる。
途端に身体の圧迫感が消えた。
翔は慌ててベッドから跳ね起き、浴衣の前を合わせた。
「ここ、どこ」
黒目がちのつぶらな瞳が彼を見上げている。
「きみ、だれ」
翔は紐を締め直しながら訊いた。
少女は翔の動作を見て、自分もおもむろに白いレースのワンピースの裾を撫で、ゆがんだリボンを直した。
「あたし、桃子。桃子ね、雄ちゃんに会いに来たの。ねぇ、ここ、どこ」
「オレもよく知らない。でも山の中の誰かの屋敷らしいよ」
少女は不安そうな顔をした。
「変ね。桃子、ちゃあんと雄ちゃんと遙にいちゃんのとこに来たんだけどなぁ」
「遙だって」
翔の目が輝いた。
「きみ、遙のこと知ってるの」
桃子と名乗る少女はうなずいた。
「うん。遙にいちゃんは桃子にとってもやさしいよ」
そう言うとにっこり笑った。ふっくらした頬に二つの小さなえくぼが出来、何とも可愛らしい。
「桃子ちゃんは、遙さん(・・)の妹なの」
少女は首を振った。ポニーテールの髪に結ばれている白いリボンが一緒にひらひらと揺れる。
「ううん。遙にいちゃんは本当のおにいちゃんじゃないの。本当のおにいちゃんは雄ちゃん」
「雄ちゃんって……もしかして、サングラスかけてて、遙と一緒にいる」
「そう、それ、雄ちゃん。桃子のおにいちゃんなの」
翔は頭のなかでカマロの運転をしていた貴公子然とした態度の青年と目の前の少女を並べてみた。外観はそこまで似ているという印象はないが、濃い黒髪や瞳の色、全体の輪郭を太い筆で描いたようなくっきりした存在感が共通しているように思われた。
「おにいちゃんはだぁれ。雄ちゃんのおともだち」
翔は言葉に詰まった。
「うーん。何と言うのかなぁ。友だちのような、違うような。どちらかというと、遙さんのほうと仲がいいんだけどね。あ、オレは秋山翔。よろしくね」
少女は目を丸くした。
「アキヤマ。…じゃあ、おにいちゃんは「シマ」じゃないの」
「「シマ」って」
少女はうなずく。
「そう。苗字に「シマ」が付くの。桃子の親戚の人たちはみんな。遙にいちゃんは「カゲシマ」、透ちゃんが「カワシマ」、龍太郎ちゃんが「ミヤジマ」、孝臣くんが「コジマ」、聖ちゃんが「ナカジマ」。もっとたくさんいるけど、全部は知らない」
シマ一族。
緑色に光る瞳の人たち。
この子の目も光るのだろうか。
翔は改めて少女を観察した。
「ね、おにいちゃん」
翔の視線を好意的なものに感じたのか、少女ははにかんだ笑顔を返す。
「桃子を雄ちゃんのとこへ連れてって」
「うーん。きっとこの屋敷のどこかにいるはずだけど、何だか会議のようなものがあるって言っていたから、部屋には入れてもらえないかも」
少女は翔の手をつかんだ。
「おにいちゃん、お願い」
兄弟のいない翔はこの年齢の子供とどう接してよいか分からず、及び腰になってしまう。彼はしぶしぶ立ち上がった。
「たぶん一階の奥だと思う。そっちのほうへ歩いて行ったから…」
そう言いながら翔はさっきまで触れられずにいたドアのノブに手をかけた。
「遙」
ドアを開けるとすぐ目の前に黒のランニング姿の遙が腕組みをして立っていた。
「やっぱりここか」
遙はそう言うと翔にウインクしてみせた。
「桃子、雄にいちゃんがお前のこと、とーっても心配してたぞ。急にいなくなっちゃったから」
「遙にいちゃん」
桃子が勢いよく遙に抱きついた。
「桃子ね、ちゃんと着いたの。でもね、遙にいちゃんが見えたら急にグーッと引っぱられちゃったの、こっちに」
「引っぱられた、か」
抱きついた桃子を肩に乗せてやっていた遙が急に翔の顔を見つめた。
「翔。お前、何か変なことしてなかったか」
「えっ」
少年は大きくかぶりをふった。
「何もしてないよ。オレ、ロリコンじゃないから」
遙は吹き出した。
「違う違う。桃子が部屋に現れる前に何かしてなかったかってことさ」
翔は口ごもった。
「ええとーー考えごとしてた」
「何を考えてた」
少年の顔に苦々しい表情が浮かんだ。
「——知ってるくせに」
遙は目を細めた。
「分かった。それで桃子がお前のところに飛ばされたのか」
「飛ばされたって」
「そう。この子は村からここまで瞬間移動して(とんで)来たんだ。だけど着地寸前にお前の思念に引っかかってこっちへ来ちまったってわけだ」
「瞬間移動。この子が」
「ああ。俺たちの一族じゃあ、そう珍しいことじゃない」
「信じられない」
翔は遙に肩車されてはしゃぐ桃子を見上げた。
「この子、あんたの相棒の妹だってね」
遙の目が一瞬、緑の光を帯びたように見え、翔は息を呑んだ。
「——そうさ。桃子がそう言うならそうだ。ほら、桃子、雄司にいさんがお迎えに来たぞ」
そう言うと遙は桃子を床に下ろした。
母ちゃんの小説」はルビが多いことに気づきました。
俺はあんまりルビ使わない(てか、ルビ機能のないソフトを使ってる)ので、写していると「またルビかよー。めんどくせーな」という気分になります。
もしそのうち「乾酪」とか「葡萄酒」とか「瞬間乾燥粉使用簡易式珈琲」とか出てきたら、仕返しに「よろしく」と言っているシーンを全部「夜露死苦」と書き換えてやろうと思ってます。
by「俺」




