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九話


結局、ユキの顔を赤くすることには成功した。僕自身が言っていて恥ずかしくなるレベルで褒めちぎったら、大体三十分くらいで落ちた。


だがしかし、その代償は大きく、これでもかというほど照れてしまったユキが目を合わせてくれない。ふらふらと目線が泳ぎ、僕が顔を向けると慌てて顔を反らすのだ。可愛いのだけど、結構傷付く。


ただ、僕が余所を向いている時にチラチラとこちらを見ているのも知っているので、致命傷にはならない。ユキ成分は足りないのだが。


「ねぇ、ユキ。今日は何しようか?」


「砥石がいるって言ってなかった?」


あぁ、砥石。すっかり忘れていた。昨日は一日中ユキとイチャイチャしていたから、他のことに気を回す余裕がなかった。


「じゃあ、とりあえず朝食を摂って、砥石を買いに行こうか」


弓矢を背負い、着替えなどの荷物を持ってユキと手を繋ぐ。毎日のことなのに、何故か今日は顔を赤らめるユキが本当に可愛らしい。ちょっとだけ強めに握ってみると、ちゃんと握り返してくる辺りは更に。


宿から出て、隣の料理屋に入る。既に朝のピークは過ぎているようで、あっさりと座ることが出来た。店内もわりと静かだ。


四人掛けのテーブルに隣あって座り、イスをぴったりとくっ付ける。店に居たおばさんに引き吊った笑みを向けられたが、知ったことではない。


幾つかのパンとベーコンエッグを注文する。あまり人もいないので出てくるのはかなり早かった。


「ユキ、飲み物は?」


「オレンジジュースが飲みたい」


僕はコーラが飲みたいのだが、残念なことにこの世界に炭酸水はない。少なくとも僕の知っている範囲では、であるが。一部の酒には弱い発泡成分が含まれているようだが、僕はアルコールは摂取しないことにしているので、長らく炭酸は口にしていない。


とにかく、コーラはないので僕もオレンジジュースを注文した。所々で地球と同じなのだ、この世界は。風呂とか武器とか植物とか。そのお蔭で、異世界初体験の僕でもそれなりに生活出来た。まぁ、今はどうでもいい。


オレンジジュースも出てきたので、ユキとキャッキャウフフと朝食を食べる。毎日代わり映えはないが、やはり楽しいものは楽しい。


たとえ、テーブルの対面に見知らぬ幼女が座っていようとも。その幼女が僕達の食事風景をガン見していようとも、僕とユキには関係がないのだ。


「あ、の……」


参った。話しかけてきた。僕なら無視するくらい余裕なのだが、優しく好奇心旺盛なユキはついつい反応してしまう。幼女を平気で無視するような子に成長していないのは喜ばしいことだけど。


「ひ、柊さん、ですよね?」


「まぁ、うん。そうだけど、何か用?」


「えっと…。別に」


顔を伏せてしまう幼女。幼女だ。幼女なのに、恐らく年齢もそう変わらないユキと比べると可愛らしさが全く足りない。なんというか、興味が引かれないのだ。ユキと違って。


いや、幼女程度をユキと比べるというのは酷というものなのだろうけど。


いずれにせよ、幼女は別に僕に用があるわけではないようなので、気にしないことにする。用があったとしても気にしないかも知れないけど。


朝食を終え、金を払って店を出る。もちろん、左手でユキと手を繋いでいる。次の予定は砥石の購入だったか。じゃあ石屋だ。


いい加減、目だけはまともに合わせてくれないユキだが、僕の顔を見るくらいは出来るように回復したようだ。話す時は僕の顎の辺りを見ている。本当にいじらしい。


「ねぇ、光」


「ん?」


「この子、どうしたの?」


「いや、僕に聞かれても、身に覚えがないからねぇ」


ユキが示しているのは、先程料理屋にいた幼女だ。何故か当然のように僕達と並んで歩いている。手こそ繋いでいないが、ユキ並みの距離感で僕の右側を歩いている。


こういう謎幼女って、十歩後ろからついて来たり、下手くそな尾行をするんじゃなかったのか。名前も知らない幼女のくせに、隣を歩くとはどういう了見だ。無視するのは簡単だが、なんか視界に入ってきて気になる。


「なんでついて来てんの?」


「柊さんが……歩いているから」


謎。その一文字に尽きる。僕が歩けば幼女を伴う法則でもあるというのか?残念だが僕はユキにしか興味はない。


「保護者はいないの?」


「保護者……。パパとママなら消えたけど」


「あー、そう」


消えたという表現。幼女らしい比喩なのか、言葉通りの意味なのか。もしも後者なら、厄介事確定だ。なんて面倒な。


「なんで僕について来てんの?その……なんで、僕が歩いたら隣を歩かなきゃならない?」


「そう、言われたから」


「誰に?」


「さ、さぁ…?男の人です。昨日の夜、出会った」


「あーあーあー。なるほど」


どっかの菜食主義者か。僕が頼みを聞かないから強行手段に出た、と。甘い。その考え方は非常に甘く、間違っている。


「なんで素直に従ってんの?」


「ひ、柊さんなら、助けてくれるって……」


ほら、それだ。その考え方だよ。確かに僕はユキに甘いだろうし、この世界にいる冒険者にしては物腰も柔らかだろう。だが、それは僕が優しい人間だからでは決してない。ユキの身近で不要な荒事を起こさない為に装っているに過ぎない。それを、あの菜食主義者は勘違いしている。


僕は決して、幼女が独りで困っていようと手を差し伸べるなんて偽善はしない。僕はユキが守れればそれでいいのだから。


「ってことだから、もう一度その人に助けを求めるといいと思うよ。僕は君を助けたりしないから」


「わ、わかりました……」


とは言うが、僕から離れる様子はない。まぁ、僕は助けないと言ったのだから、後はどうしようとこの幼女の勝手だ。人拐いに襲われようと、の垂れ死のうと。


特に気にすることでもないのだが、なんとなく冷めてしまった。ユキとのイチャイチャムードを返してくれ。


左手にユキを巻き付け、右側に見知らぬ幼女が並行。どうでもいいので、ユキと二人で石屋に入る。


「なっ!月姫!?」


入った瞬間、石屋の店員の顔が驚愕に固まった。目線の先にはユキではない幼女がいる。もしかして、この店員は幼女趣味なのだろうか。いや、ない。ユキを前にして他の幼女に目移りなんてあり得ない。


「砥石が欲しいんですけど」


「は?いや、いやいや!そんなことより、その子供、月姫だろ!?」


「月姫?いや、知りませんよ。そんなことより、砥石ですよ。と、い、し」


「いやいやいやいやいやいや!そんなことより、そんなことよりだ!早く騎士団に連絡しないと!」


「あぁ、もう五月蝿いなぁ。砥石ですよ。ないんですか?ないなら他所あたります」


ということで石屋を後にする。普通、商魂逞しい商店なら砥石くらい売ってくるのだが、引き止める声はなかった。ちゃんと商売しろよ。


さて、この街にある石屋は残り二件。だが、宿のおじさんに場所を聴いたのはここだけだ。他の店までどうやって行くか。


とりあえず、道行く人に石屋の場所を聴く。一人目であっさりと聞き出すことが出来た。近くではないが、道順は簡単だ。


しかしまさか、石屋に行って砥石を買えないとは思ってもみなかった。冒険者に砥石すら売れない石屋。この街は腐ってるんじゃないだろうか。


「ねぇ、光。なんか騒がしくない?」


「騒がしいっていうか……。追われてるね」


ガッシャガッシャザッシザッシと騒がしく、前方後方から道を塞ぐように大量の騎士が現れた。総数は50くらいか。後方待機や遠方射撃の奴等までは正確に数えられない。


そのうち、前方の騎士の一人が一歩出、声を張り上げた。内容は簡潔。


「月姫をこちらに差し出せ!」


まだ抜刀はしていない。が、背後の騎士や後方の騎士は剣に手を掛けている。街中なのに。それで大丈夫なのか、この街は。


「月姫って何?」


「……その黒髪の子供のことだ」


そんな呆れた顔されても僕はこの街の人間じゃないんだから、月姫なんて単語に聞き覚えはない。聞き覚えはないけれど、この謎幼女が月姫と呼ばれ、騎士団が差し出せと言っていることは理解できた。


「どうぞ、勝手に」


僕には関係のないことだ。関係がないのだから差し出すも何もない。勝手に連れて行けばいい。僕は手伝いも邪魔もしない。


「いいのか?」


「何?邪魔して欲しかった?」


しないけど。土下座して邪魔してくれと言われてもしない。逆に土下座して捕まえてくれと言われたってしない。


「いや……。捕らえよ!」


騎士の命令で数人の騎士が謎幼女に近付く。僕とユキは巻き込まれないように数歩離れ、騎士の一人が幼女に手を伸ばした瞬間、


幼女が爆発した。




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