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八話


「面倒な事態になった。この街の存亡に関わる事態だ」


と、菜食主義者ロイドさんは言った。


「それはそれは。しかし残念、僕はただの通りすがりの旅人でして。あなたも知っているでしょう?僕はこの街の人間なんて興味はありません」


深夜のことだ。草木も眠るような真夜中、当然ユキも眠っている。僕も眠っていた。にも拘らず、何故かロイドさんは僕達が泊まる宿にやってきた。


扉からではない。閉め切っている雨戸を叩き、窓から侵入して来やがったのだ。普通なら有無を謂わさず息の根を止めるところだが、ロイドさんなので今回限りは許すことにした。


その結果がこれだ。厄介事を態々名指しで持ち込んで下さって、マジな感じの殺意が湧いている。っていうか、なんでそんな事態にあんたは巻き込まれてんだ。


「せめて話くらい聞こうや」


「言葉というのは存外、重い力を持っているのですよ。この国では言われていませんが、僕の生まれた国には言霊という考え方があるくらいでして、言葉の内容ではなく言葉そのものが意味を持つという考え方です。つまり、言葉として発した時点で言葉の持つ意味が世界の在り方に大きく干渉して……」


「話聞こうや」


一体何がどうしたというのか、ロイドさんは懐から取り出したナイフを僕の首に当てている。ギリギリ、動作を認識することは出来たが、完全に油断していた今なら簡単に殺されていただろう。脅迫じゃないですか。


「そんなに必死になって他人に押し付けたい面倒事、素直に聞き入れるわけないじゃないですか」


「実は夕暮れ時に騒ぎになった太刀使いのことなんだがな」


聞く気なし。僕には傍聴を強要しているのに、自分は聞かないとか、不条理だ。これだから年上って奴は。ちゃんと話を聞いてくれるユキは本当に可愛らしい天使だ。少しはユキを見習え。


「お前とは別の奴だったらしい」


「あれ?それって僕自身が言いませんでしたっけ?あぁ、今だけでなく、あの時も僕の話なんて聞いてなかったってことですか」


「いやいや聞いてたぞ。聞いてたけど、信じてなかっただけだ」


なら許すとでも?許す許さない以前に話を聞いてくれないことに対してはあまり怒ってないけど。僕が怒りを覚えているのは、面倒事を持って来られたことと、ユキの寝顔を見られたことだ。ユキの寝顔は僕だけのものなのに。


「とにかく、お前とは別の太刀使いが問題を起こしてだな」


「それ、僕に関係あります?僕に関係ないなら今すぐ口を閉じてください。余計な口利くと怒りますよ」


む、と口ごもるロイドさん。やはり僕には関係ない事態らしい。それを態々深夜に宿まで訪ねて擦り付けようとするなんて、迷惑すぎる。


「一つだけ、聞いてくれないか?別に断っても構わないから」


「断る前提で。どうぞ」


「お前、幼女が好きだろう?どうだ、もう一人」


よし、殺そう。この、人をバカにしきった菜食主義者を殺してしまおう。


僕は幼女が好きなわけじゃない。ユキが好きなんだ。あ、いや、好きというのは妹以上的な意味だけど、ともかく「お前、幼女が好きだろう?」は僕とユキをバカにし過ぎだ。


幼女をもう一人?いらない。ユキより上の幼女なんてこの世界に、いやどの世界を探そうとも存在しない。幼女とは全て、ユキより劣るのだ。ユキが至高にして究極。それより劣っている幼女なんて必要ない。


そんなことにも気付かず、この野菜人は、幼女を……。あの発言はユキへの冒涜に他ならない。


「待て待て待て。悪かった。聞かなかったことにしてくれ。俺はもう帰るから、な?」


「………。……3……2……1」


0を言い終わる前にロイドさんは窓から飛び出してしまった。行儀の悪い奴だ。扉から出ればいいものを。


雨戸を閉め、ベッドに戻る。ユキが起きる気配がないのはなによりだ。可愛いエンジェルちゃんの眠りを妨げるなど、人の心が有れば出来やしない。怪物だってたじろぐだろう。


「こ、ぅ。むぅ…」


あらやだ、寝言ですよ。こんな可愛い寝顔を見せられてしまったら、大抵の怒りは収まってしまう。無論、僕の怒りなんて塵も残さず鎮まった。


静まり返った宿の一室。可愛い幼女と二人きり。幼女は無防備に夢の中。


「ユキ……」


愛しい。この天使が、僕に全幅の信頼を寄せる幼女が、心の底から愛しくて堪らない。


あぁ、もう。僕はロリコンなんかじゃないのに。そういう趣味嗜好を越えて愛情を向けてしまう魅力が、ユキにはある。ユキは本当に……。


だが、いや、うん。そうだ。僕はロリコンじゃないんだ。ユキは可愛く魅力的で、僕はユキが大好きだが、恋愛感情的な手出しはしない。なんだったか?イエス!ロリータ!ノー!タッチ!みたいな?知らんけど。


少々悶々とする状況ではあるのだが、眠っているのはユキだ。きちんと意識すれば、次第に気持ちも落ち着いてくる。ユキ相手に欲情なんてしないのだよ、僕は。毎日一緒に風呂に入ってるのだから。


とりあえずユキの正面に横になり、ユキの顔を胸に収める。服越しにユキの吐息を感じて心地好い。ユキは呼吸に至るまで可愛らしい。


もぞもぞと寝返りを打つユキを抱き締め、僕は再び眠りについた。



・・・・・・・・・



目を覚まして、最初に目に飛び込んだのは、見知った幼女だった。マイエンジェル・ユキだ。


寝起き一番にユキを視界に入れるという底知れぬ安心感と幸福に、自然と胸が高鳴る。ユキも目を覚ませば僕を最初に見るのだろうと考えると、更に充実感。これがほぼ毎朝なのだから堪らない。昨日は特例中の特例だった。


外はまだ陽が昇り始めたばかり、ユキが起きるには流石に早い。よく寝ないと大きくなれないのだ。もう少し、ユキの寝顔を眺めたいし。


髪を撫でたり、頬を撫でたり、手を繋いだり。ユキが起きない程度に弄ってみる。その度に身を丸めていくのが可愛らしい。見るからに小動物だ。保護欲が駆り立てられる。


だが、保護欲云々ではなく、僕はユキを護る。それはもう昔というほど前ではないけど、ユキと出会った頃に決めたことだ。義務ではないし、権利すらないかも知れないけど、それは関係ない。ユキは可愛い。可愛いのだよ。


陽も高く昇り、睡眠時間は八時間くらい確保しただろう。そろそろ愛しの眠り姫も目覚めるだろう。まぁ、僕が起こさないだけなのだが。


ちょっと悪戯でもしてみよう。そう思い立ち、ユキを抱き締めてみる。いつもは隣に居る程度だが、今日は密着だ。互いの顔は20センチも離れていない。


その体勢のまま数分。よく考えてみると、周りから見れば今の僕は犯罪者に映るんじゃないかと気付く。気付いたが、飽くまでも寝起きドッキリなので離れない。


しかし、意識してしまうと緊張してきた。自分でも顔が熱くなるのが分かる。大好きなユキがこんなに近くで眠っているのだ。意識していられないわけがない。


悶々として更に数分。ついにユキが目を開いた。ゆっくりと、可愛いです。


「おはよう、ユキ」


僕はこれが当たり前のように挨拶する。顔は赤くなっているかも知れないが、ユキは寝起きだし気付かないだろう。


「ん……?おはよう、光」


キョロキョロと目を動かすユキ。可愛いのでもう一度抱き締める。するとユキが小さく笑って抱き返してきた。首の後ろに両手を回して、更にユキが近くなる。予想外の反応だ。


「光、大丈夫?顔が赤いよ?」


そんなバカな。ユキなら寝起きに僕が抱き締めれば奇声を上げて耳まで赤くなるはずなのに。こんなに幸せな反応をされるなんて。


「あ、あぁ、うん、平気。ユキは今日も元気?」


「私も元気だよ」


ユキが僕の後頭部を撫でる。小さな手で髪を梳かれて気持ちがいい。と、同時に恥ずかしく、顔が熱くなる。


「光、照れてる?顔赤いよ」


可笑しい。なぜ僕がユキにからかわれているんだ。僕はユキが焦った時に見せる表情や奇声を楽しみたいだけなのに。僕が顔を赤くするとか、誰得だよ。


これは、反撃せねばなるまい。幼女にからかわれるなど、僕のプライドが許さない。


「そりゃあ、僕の大好きなユキの可愛い顔がこんなに近くにあったら、嬉しくも恥ずかしくなるさ」


「か、かかかわっ……!……私だって光が近くて驚いたからね」


む。思ったより動揺が小さい。昨日までならもっと慌てて顔を赤くしていたのに。一体どうしたというのだろう。


わからないが、負けていられない。今日は褒め殺してでもユキの可愛い奇声を聞いてやろうじゃないか。



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