六話
結局、イチャイチャしていたら日が傾き始めてしまった。昼時も過ぎ、大抵の店は人が減っている。
正直言って無駄な時間を過ごしていた気がしたが、余裕を持って昼食が摂れるのだから案外悪くなかった。ユキとイチャイチャして、その上ユキとイチャイチャしながら昼食、素晴らしい。朝はベッドでユキを眺めていたから、今日は一日ユキでいっぱいだ。なんと言う幸福だろう。
最近のユキはなにやら積極的で、昨晩の夕食に続き、「あーん」してきた。もちろん僕もした。ユキの可愛さハンパない。
へにゃへにゃと、少々だらしない笑顔のユキを左手に携え、街中を歩く。特にやることもないので、腹ごなしデートだ。街並みを眺めるわけでもなく、左手をがっちりと握るユキを眺めたり撫でたりして歩き回る。
まるで街中に僕達の仲を宣伝して回っているようだが、そんな意図はない。僕達の仲が良いことなんて、態々言って回る必要はないのだ。僕とユキがイチャイチャする。その事実は事実として僕達だけが認識していればいい。
でも、まぁ。敢えて一言言わせてもらうなら、ユキ最高。
「光」
「ん〜?」
「ふひゃひゃ」
何?この不思議可愛い生物。奇声を上げて腰に抱き着いてきたんですけど。妖怪腰こすりとかその辺の癒し系妖怪かな?なんかエロい。腰こすり。
「歩き難いよ」
「歩き難いと何か問題ある?」
「ないね」
そうだ。成り行きに任せて歩いてはいるが、別に歩く必要はないのだ。
むしろ、歩き難いまま進んでいれば、ユキとくっついていられる時間は増える。くっついている方が幾らも得じゃないか。そのことに気付くなんて、ユキは天才だ。神童だ。知ってたけど。
「みゃは〜」
今までにないほどの甘えように多少の疑問を抱きながらも、可愛いし嬉しいので気にしない。脇腹に顔を押し付けられてくすぐったい。
ユキが密着するのは非常に嬉しいのだが、ユキの顔が見えないことに不満。距離自体は零なので、なんと言うか、生殺しだ。
「ユキ」
「に、何?」
名前を呼んでみても顔を上げない。これはこれは。余計に顔が見たくなった。
「面を上げろ〜」
ユキの脇に手を差し込み、持ち上げる。想像よりずっと軽くて驚いたが、健康に害があるほどではないだろう。
持ち上げたユキを顔の前に持ってくる。初めは驚いていたユキだが、次第に慌て出す。顔は真っ赤だ。本当に可愛い。
「お、降ろしたまえっ。こ、こういうのは、恥ずかしいですっぞ」
「降ろしません〜」
太ももの辺りに手を回して抱き締める。抱っこと言えばお姫様抱っこのイメージが強いが、密着率で言えばこちらの方が遥かに高い。顔の高さも同じだし。
「むぁっ!?へい!」
「へいっ」
ユキの奇声はいつも通り意味不明だが、なんとなく乗ってみる。ただでさえ赤い顔が耳まで赤くなり、茹で蛸のようになった。可愛いのなんの。
「へっ、へー…い」
力を失ったユキが、しな垂れ掛かってきた。首筋に顔を埋められるこの至福、他人にはわかるまい。
やけに熱っぽい吐息を鎖骨の辺りに感じながら、ユキの頭を撫でたりして街を歩く。たまにくねくねと身動ぎするユキが可愛くて仕方ない。
きっと気持ち悪いくらいニヤニヤしていたであろう僕は、ユキと共に街を一周歩き切った。気付けば、日は山の陰に隠れようとしていた。今日のユキとの密着度は本当に高い。
「ユキ、起きてる?」
「お、お、起きとりますっす」
「そうですっすか」
流石に今日は昼寝はしないようだ。昼まで寝たのだし。昼まで寝て昼寝もすれば、それは寝ているだけだ。なんとなくカ○ゴンを思い出した。
「そろそろ晩御飯の時間ですっすよ?何が食べたいですっすか?」
「やーめー!」
顔は伏せたまま首から回した手で背中を叩かれる。密着度が高まって嬉しいし、ユキが可愛い。まぁ、少しいじめ過ぎたかも知れないけど。
意外とバシバシ叩かれて痛いので、不承不承降ろしてあげることにした。
そわそわと落ち着きのないユキの手を取って歩き出す。依然として目的地はないが、ユキと歩くのが目的だ。
「おや、おやおや?」
僕の発言にユキが可愛らしく小首を傾げてズキュンときた。そういう些細な仕草が一々可愛い。殆ど反則だ。
それはまぁ、もっと堪能したい気持ちは抑えて、置いておく。問題は、背後から隠しもせず放たれている殺気だ。辺りが暗くなり始めた時から現れていたが、無視している間に数が増えている。20人くらいいるのではなかろうか。
だが、それだけの人数を集めておいて狙いがユキということもないだろう。ユキは別に貴族のご令嬢とか、稀有な力を秘めた特殊な女の子というわけではないのだ。いや、非常に稀有な可愛さは持っているから、それ狙いの可能性もあるにはあるが、幼女嗜好の変態が20人も集まるだろうか。想像出来ない。
ともかく、狙いが僕である可能性が非常に高い。この街で起こした騒動なんて昨日のギルドでの喧嘩くらいだから、その件だろう。オッサンか、少年か。どちらでもいい。僕の対応は決まっている。
無視。それに限る。
「あ、光。誰か後ろにいるんでしょ」
「あ、わかる?」
「光の考えてることはお見通しだから」
そういえばそうだった。本当に、ユキには敵わないな。可愛いし。
あまりにも可愛いので頬を摘んでみた。柔らかくて気持ち良い。柔軟剤を使ったのだろうか。
ちょっと引っ張ってみると、柔らかさの割には伸びない。固いのではなく張りがある。いい触り心地だ。いつまでも揉んでいたい。
「いい加減にしろーぃ」
そう言って顔を反らそうとするが、それを追いかけるのがまた楽しい。ユキも本気で嫌がっているわけではなさそうなので、そのまま暫くいちゃつく。が、あまりやり過ぎて嫌がられると泣きたくなるので程々で止めておく。
引き際をきちんと見極めれば、いつまでもイチャイチャ出来るのだ。引き際を間違ってはいけない。
追いかけるのを止めると、楽しそうにはしゃいでいたユキと目が合った。微笑み返してみると、だんだんと顔が赤くなり、可愛い。
「べ、別に楽しんでないしっ」
「はいはい」
「うきゃー!」
あぁ、ヤバい。ユキが可愛い。今に始まったことではないけど、本当に可愛い。心が洗われるようだ。
僕の腹に照れ隠しパンチを入れるユキは天使に違いない。頭の上に輪が浮いているわけではないが、ユキは天使だ。僕が保証する。
「い、いい加減にしろぉ!」
突如、辺りに野太い声が響く。ユキは天使なのに。……今は関係ないか。
突然の大声に道行く人の大半が足を止めている。ユキも驚いて顔を上げた。
そう。ユキとのイチャイチャタイムに水を差されたのだ。特に意識が変化した覚えはないが、こめかみの辺りがひくついた。
とはいえ、僕には関係のないことだ。ユキと「ビックリしたねぇ」とか言い合いながら再び歩き出す。ユキはいつも通りに左手に抱き着く定位置だ。
なのに、背後から近付いてきた気配が僕に向かって剣を振り降ろしてきた。頸動脈を狙って、殺る気満々だ。しかし大した攻撃ではないので魔法で受け止める。
「なぁ!?」
攻撃してきた奴からすれば、そりゃ驚くだろう。魔法を使ったとはいえ、見た目には首で剣を受け止めたのだから。
「光。私どうしよう?」
戦闘時、正直言って足手まといのユキは自分のたち位置を気にする。避難するか、僕の側から離れないか。今回は相手が雑魚ばかりなので近くにいた方がいいだろう。っていうか、居ていいだろう。
「ほら、おいで」
「う、うん……。ん?」
僕が両手を広げてユキを迎え入れると、ユキは意外と素直に胸に飛び込んできた。抱き上げると驚いたようだが。
実は、ユキを抱えて闘うのは初めてではないが珍しい。態々抱き上げる必要がないからだ。今回抱き上げたのは昼間抱えて歩いたことで僕がこの体勢が気に入ったからだ。それだけだ。
「こここっ光!にゃに!?」
「ユキが抱き着いてきたんじゃないか」
「ふふっ」
思ったよりユキも楽しそうだ。僕もこれなら闘うのも楽しめそうなので、これからは毎回ユキを抱えて闘うことにしようか。もちろん、相手が雑魚の時だけだけど。




