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五話


朝、日が昇り始めた頃目が覚めて、慌てた。


ユキがいない。


いつも腕の中に収まって、スヤスヤと天使の寝顔を見せつけてくれる愛しの幼女が、今朝は腕の中にいないのだ。可愛らしい寝顔がなく、無骨な自分の手のひらを寝起きに見るなんて、テンションが著しく下がったではないか。


それはともかく。ユキは?ユキはどうした。


「ユキ!?」


あり得ない。ユキが夜中目覚めたら、自然と気配で目覚めるだろう。眠っていても僕の意識はユキに向き続けているのだから。


それがどうして、ユキがいない。どういう原理でユキは僕の腕の隙間から抜け出たというのか。


慌ててベッドから降り、部屋を飛び出そうとしたところで、ユキ発見。部屋の隅で丸くなって眠っていた。可愛い。


いやいや、そうでなく。思い出した。昨晩、ユキは魔法に目覚め、こっそり練習を始めたから自由にさせていたんだった。どうやら、ベッドに戻らず眠ってしまったらしい。


とりあえず、僕の勝手な早とちりだったと息を吐く。大分慌てて寿命が五年くらい縮んだ気がするが、ユキが無事ならそれでいい。


床で丸まるユキ。白いシャツが捲れて、服の裾から可愛らしいお臍が見えている。


………………。


違う。僕はロリコンじゃない。ユキのことは大好きだが、それは友達以上恋人未満的なアレだ。ユキは大好きだし無防備で可愛らしいが、手出しはしない。本当に。


「まったく、ユキは。こんなところで寝たら風邪引くよ」


ということなので、ユキを抱き上げてベッドに運ぶ。まだ寝付いたばかりなのか、起きる気配はない。


起きないなら、あれだ。添い寝とか、した方がいいんじゃないだろうか。ユキ可愛いし。


何故だろう。いつも同じベッドで寝ているのに、ユキが先に寝ているベッドに入るのは緊張する。別に疚しいことなんて何もない筈なのだが。おかしいなぁ。


いつも以上にユキの可愛さにどぎまぎしながらも、ユキの髪を撫でたり頬を摘まんでみたりする。可愛い過ぎる。


起こさないように軽く抱き締めてみると、良い具合の抱き加減だった。腕の内に上手く収まり、胸にきれいに沈む。しかも、


「光……」


なんて寝言を言われて悶える。可愛らしく愛しい。


こんな可愛い子だと、あと少し成長すれば引く手あまただろう。しかし、誰にも渡したくない。最大限ユキの感情は尊重するが、ある程度の選別はせねばなるまい。


ユキに悪い虫をつけるわけにはいかないのだ。


スヤスヤと穏やかに眠るユキを腕に抱いて、僕は静かに闘志を燃やすのだった。ユキに害為すクソ虫は、全て殲滅してやるのだ。



・・・・・・・・



愛しの眠り姫が目覚めたのは日がすっかり登った頃だった。それまでの間ずっと寝顔を堪能出来たのは役得という他ないだろう。


しかし、昨晩眠っていなかったとはいえ、あまりに寝過ぎではないだろうか。僕はユキが眠っていないことを知っているから寝顔を見て微笑んだり出来るが、仮に知らなければ相当以上に慌てた筈だ。「ユ、ユキが起きない!病気か!?」とか言って。


間違いない。ユキがいつまでも眠り続ければ僕は騒ぎ立てる。これは少し、注意しておいた方がいいかも知れない。


魔法が発現したのが嬉しいのは分かるし遠足前日の子供的夜更かしをしてしまうのを否定するつもりもない。ユキはまだまだ幼く、好奇心や歓喜に行動が揺れ動くのも致し方ないことだ。だが、その行動で周りに心配をかけてしまうというのは、安易に容認するわけにはいかない。ユキは可愛いが、我が儘に成長しては僕の教育責任が発生する。必要に駆られれば、時には厳しくするのが愛情である。


「おはよう、ユキ」


「光……おはよう」


飽くまでユキは平常運行だ。事の重大さを理解していないだけだろうが。


「今日はよく寝るね」


心苦しいが、ここは心を鬼にしてユキに嫌みを言う。きょとんとした顔のユキは可愛いが、今は必死に抑える。


「え……?あ……」


困惑が次第に焦燥に替わり、目が泳ぎ始める。可愛い。可愛いのだが、可愛いからと甘やかすのはバカのすることだ。


「もう昼時だけど、どこか体調が悪い?医者にでも診てもらう?」


「あ、ぅ………私は……」


僕の少しだけ冷たさを含めた笑顔に気付き、ユキはおろおろと口を開閉する。言葉は発していないが、ここで僕は黙って先を促す。


「ごめんなさい……。私……」


「ごめんなさいって言われてもね。僕はユキが起きないのが心配だったわけで、医者に診てもらうかどうかを聞いてるんだよ」


ユキは目を伏せたまま首を横に振る。もしもここで首を縦に振っていたら、流石に本気で怒っただろう。ユキはそんなことしないのは分かっていたけど。


「医者に掛かる必要はない?元気なんだね?なら、いいよ。うん。とりあえず着替えようか」


目を伏せ、口を開かず返事をするユキを見るのは大変心苦しいが、可愛がるのと甘やかすのは違う。僕はユキを甘やかすつもりはない。甘えていられるほど、この世界は甘くないのだから。


ベッドから降り、とぼとぼと荷物に向かい、のそのそと着替える。哀愁と後悔漂う後ろ姿は可愛らしいのだが、今は我慢だ。


「ユキ、おいで」


着替え終わったユキを呼び寄せ、膝に座らせる。お説教の為だ。他意は僅かしかない。


「ユキ、昨晩何があったとか、言いたくないなら言わなくてもいいけど、それで周りに心配をかけるのが良くないってのはわかる?」


「はい……」


「大体、床で寝たりして本当に風邪を引いたらどうするんだよ。今は平気でも床で寝ても疲れは取れないから、後々体調を崩す原因にもなるんだ。別にユキが何をしようが僕は迷惑なんかじゃないけど、心配はするんだよ。わかる?朝起きたら床で寝てて、しかも昼まで起きないなんて、僕がどれだけ心配したか……」


「………ごめんなさい」


うーん。もう少しキツく当たった方がいいんだろうか。しかし、僕の性格上これ以上の怒りを表すのが難しい。僕は怒ると無表情で手が出るのだ。昨日のバカ冒険者二人に対するように。流石に今程度の怒りでユキに手を挙げることなんて絶対に出来ない。っていうか、よく考えると僕は他人に怒ることに向いてない。保護者失格だろうか。


……………精進しよう。ユキとは離れたくない。


「ユキ、迷惑ならいくらでも掛けてくれて構わないけど、心配掛けるのは自重してくれよ。本当に、僕はユキが大切なんだ」


「光、ごめんなさい」


あぁ、もう可愛いなぁ。笑っていても困っていても反省していても可愛いなんて、殆ど反則じゃないか。


「こっ、ふぁ、う」


我慢できないので抱き締めてみると、いつも通りに可愛らしい反応。肉体的にも視覚的にも聴覚的にも精神的にも抱き締め甲斐がある。


面白いので頬擦りしたり、ちょっと強く抱いたりしてみる。その度に「ゆわっ」「きょにゃ」とちょーかわいい奇声が返ってくる。さっきまでの怒った空気は霧散したが、まぁいいだろう。十分に反省している筈だ。


「ユキ、寝癖。かわいいー」


「こっこっ、こっ、うも、かっこいいし」


どうしてこうなったんだろう?僕はユキにお説教していた筈なのに、いつの間にかユキも抱き返してきている。可笑しい。ユキが可愛いのは元からだが。


「こ、光っ。私、私ねっ」


「うん、少し落ち着こうか」


背中を叩いたり頭を撫でて落ち着かせる。その過程で余計に慌てたのは気のせいということで。


「で、どうしたのかな?」


「私ね、魔法使いになったんだー」


その発言は天使だと思う。幼女が魔法少女になったと宣言したのだ。しかもユキがだ。最強じゃないですか。


「そっか。ついにユキがね。今朝はそれが原因で?」


白々しい?何をバカな。


僕は友人のサプライズパーティーには気付かないふりして嬉し泣きしますよ。僕はそういう、飄々乎とした性格だ。良し悪しはわからないけど。



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