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三話


空はすっかり暗くなり、夕食時が近づいて空腹感が湧いてきた。どこかの店に食べに行かなければならないから、そろそろ動いた方がいいだろう。あまり遅くなると、店の席が埋まったり、酔っ払いが増えたりしてめんどくさい。


その為に、ベッドで俯せになって眠るエンジェルちゃんを起こさなければならない。幸せそうに寝息を立てるユキは正に天使に違いなく、起こすのが躊躇われる。しかし、ユキをほったらかしにする方があり得ないから、その華奢な肩に手をかける。


それだけでユキは目を開き、上体も起こさず目だけでキョロキョロと辺りを見回す。旅を始めてからというもの、落ち着いて眠ることはわりと少なく、移動中に眠ることが頻繁にあった。その為、眠りに着いた場所と起きた場所が違うので、寝起きは状況の確認を行う必要がある。その時の癖がついて、無意識に状況確認をしているようだ。


やがてユキの眼球の動きは止まり、僕と目を合わせて微笑んだ。あまりの可愛さに僕も頬が緩む。


「……ん。コウ」


鈴を転がすよう、と例えるのが正しい可愛らしい声をかけられ、つい手が勝手にユキの頬を撫でた。ふわふわとした感触に、筆舌に尽くし難い幸福を感じる。


「ユキ、ごはん食べに行くよ」


そう伝えるとユキはほんの少しぼんやりとした後、ゆっくりと上体を起こした。ベッドから降ろす為に手を差し出すと、ユキはその手を握ってくれる。


ベッドから降りたユキは、僕の指を絡めるように手を握り直す。小さな手がキュッと締められ、嬉しくて僕も握り返す。


「ねぇ、コウ」


「なに?ユキ」


「んー……。なんでもないかも」


「なに?気になる」と更に追及しようとしたが、ユキが腕に抱き付いてきたからやめた。ユキの可愛さに少しだけ意識を奪われたとも言う。


左腕にユキを巻き付けたまま部屋を出る。盗られてはいけないから全ての荷物を持って行く。全ての荷物といっても、太刀と着替え数着だけだけど。ユキの服を泥棒風情の手に渡すわけにはいかない。


「コウ。なに食べるの?」


「ユキが食べたいもの。なに食べたい?なんでもいいよ」


えー?と言いながら、ユキは更に強く僕の腕を抱く。なんとなく、ユキの言おうとしていることの予想はつく。


「私はコウの食べたいものが食べたいかも」


ほらきた。そう言うと思った。予想通りだけど、可愛いこと言ってくれて嬉しいから頭を撫でた。ほんのり顔を赤くしているのが更に可愛い。


「じゃあ、どこかお店に入ってから決めようか」


宿から出ると、さすがに人通りは減っていた。家に帰るか店に入るかしている人が多いからだ。


大通りをぶらぶら歩き回り、調度良い店を探す。酒場ほど荒っぽくなく、それでいて騒がしく活気のある店。


しばらく歩き回って、ガヤガヤと騒がしいファミレスのような店を見つけた。ユキに許可をとり、その店に入る。


店の奥の方の四人掛けのテーブルに、ユキと隣り合って座る。態々イスをずらして、ユキは僕の左腕を抱き締めたままだ。


「コウ、なに食べるの?」


「んー……。魚料理かな。この町は美味しい川魚が獲れるって聞いたし」


ユキの食べたいもの、と言うのは流石に自重した。いつまで経っても決まらなくなりそうだから。


「ふーん。じゃあ、私はオムライスがいい」


「へ、へー……。うん、いいよ」


一緒のものを注文するんじゃなかったのか。別にそういう約束があるわけでもないけど、ちょっと不意を突かれた気分。


店員を呼んで注文し、料理が出されるのを待つ。客もそれなりに多いし、出てくるのはちょっと遅いだろう。


特に話すこともなく、凭れ掛かってくるユキを愛でる。今日の昼までずっと馬車の荷台でやっていたことだから特に新鮮味はない。まぁ、だからと言って飽きることなんてないけど。


「よっ。また会ったな」


気配で気付いてはいたが、誰かに後ろから肩を叩かれる。振り向くと、馬車の御者ロイドさんだった。


「まったく。どんだけ仲良いんだよ、お前ら」


許可をとるわけでもなく、当然のようにロイドさんは対面に座る。別に迷惑なわけではないので、何も言わない。


「もう注文はしたか?」


僕が首肯すると、ロイドさんはサラダと酒を注文した。出会った時もサラダを食べていたのを思い出す。本人曰く、菜食主義らしい。


特にレタスが好きなようだ。シャクシャクと瑞々しい歯応えに、ドレッシングの組み合わせは最高なのだとか。どうでもいいことなのに、ガッツリ語られてしまった。


ユキの頭を撫でたりしてロイドさんの話を聞き流していると、ユキの注文したオムライスが運ばれてきた。僕の料理がまだ出ていないことに戸惑ったようだが、冷める前に食べるように促した。


オムライスを前にスプーン片手にはしゃぐユキ。鼻血噴出レベルの可愛さだ。流石に鼻血は出さないが。


生野菜をつまみに果実酒を飲むロイドさんと、口の端にケチャップを付けるユキ。そんな二人を前に、僕の魚料理はまだ出てこない。


二人を……特にユキを見詰める僕の視線が物欲しそうに見えたのか、僕に微笑みかける。そして、スプーンで一口分のオムライスを掬い、僕の方に向けた。


「光、あーん」


あーん、ですって。そんなことされたら笑いが止まらなくなるから勘弁して欲しい。あ、ウソ。スッゴク嬉しいから止めないで欲しい。


ほんの少し躊躇いかけたが、躊躇うなんてユキに失礼だ。ユキだって頬を赤くしてまでやっているんだから、僕はちゃんと答えなければならない。


ユキの差し出すオムライスを口にに含み、咀嚼する。あ、これってもしかして間接キス的なやつじゃないか?なるほど、だからオムライスの旨さがハンパないのか。


「光」


「ん?」


「あーん」


まさかのもう一口。いや、嬉しいけども。嬉しいけど、嬉しすぎて鼻血が出そう。っていうか、ユキが可愛い。


まぁ、食べるけど。とても美味しいし。


その後、三回ほどあーんしてもらったところで、僕の注文した魚料理登場。ユキとの至福のあーんタイム終了である。まことに残念で仕方がない。


出された料理は、敷き詰めた米の上に魚の切身や野菜を載せた、パエリアのような料理だ。ハーブの薫る、この町の名物料理らしい。


「あ、旨い」


名物になるのも頷ける。


と、横でじっとこちらを見詰める天使に気付く。どことなく残念そうにスプーンを揺らしているように見えるのは、僕の自惚れだろうか。


「ユキ、あーん」


言った瞬間、僕のスプーンにユキが飛び付く。スプーンをくわえたままモゴモゴする姿がなんとも愛らしい。


そうか。食べさせ合いが出来るから別の料理なのか。いや、同じ料理でも出来ないことないけど……。まぁいい。僕はユキとイチャイチャ出来れば、それでいい。


「こ、光っ、あーん」


「あぁーん」


あぁ、もう。にやけが止まらない。僕が食べたり、食べさせたりする度にユキが幸せそうに笑うのがちょーヤバい。


「あ、あー、オホン!」


そんな僕とユキの桃色ムードに水を指す人物が一人。正直言うと、すっかり存在を忘れていた。僕にはユキとオムライスとスプーンしか目に入ってなかった。


テーブルの向こうに目を向けると、苦笑いしながら頬を掻くオッサンがいた。もちろん、菜食主義のロイドさんだ。独り寂しくサラダをつつくのが辛くなったのか。


「俺はもう宿に戻るつもりだが、その前に聞きたいことがあってだな」


気にせずオムライスを近付けてくるユキの頭を撫で、オムライスを食べる。あぁ、抱き締めたい。


「お前ら、いつまで滞在するつもりだ?期間と行き先によってはまた送ってやるが」


「一応、二週間程度を予定してます。ユキ、あーん。次の行き先は……マスカの方ですかね。期間も行き先も気が変わるかも知れないですけど。あぁーん」


「前がデッタ、今がコロン、次がマスカってことは、その前はリタハスか?」


「そうですね。正確にはサナンからリタハスを通って、ですが」


ふむふむ、となにやら思案するロイドさんを見て、後悔の念が押し寄せる。なに簡単に情報を渡しているのだ。サナンの名前なんて、明らかに地雷なのに。


「二週間ねぇ。おし、確かマスカに良いブツがあったはずだし、また連れて行ってやるよ。じゃあな。また会ったら声かけろ」


それだけ言うと、ロイドさんは店から出て行った。金を払わなかったところをみると、どうやら俺もちにされたらしい。別にいいけど。


………………。気付かれなかっただろうか。


「光、あ、あーん」


「ユキもあーんして」


ユキとイチャイチャしていると他のことがどうでもよくなってくるから困ったもんだ。



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