二話
冒険者ギルドの扉を開けると、幾つかの視線がこちらに向けられる。初めはこの視線を恐がっていたユキだが、最近は特に気にしていないようだ。
僕も当然ながら気にしないので、左隣にユキを携えて受付に向かう。少女を連れていること以外は普通の冒険者である僕は、それ以上注目を集めることもない。
受付のカウンターに手を付くと、受付嬢がいい笑顔を向けてきた。
「あぁーっと、ちょっと待って」
旅行鞄を探り、ギルドカードを取り出す。使う頻度が少ない為、よくどこに片したか忘れてしまう。
余計な真似はするな、と予め釘を刺し、訝しげな表情を浮かべる受付嬢にギルドカードを手渡す。受け取った受付嬢はギルドカードの詳細を読み、顔色を変え、僕の顔とギルドカードを何度も見比べる。今にも騒ぎ出しそうだったので、少し黒い笑みを浮かべて黙らせた。
「僕の話、ちゃんと伝わってるかな?」
「つ、『通告』のことでしたら……もちろん」
うん。何も問題なさそうだ。通告がきちんと広がっているなら何も問題はない。
「じゃあ、今日は顔を見せに来ただけだから。またね」
未だに呆けた様子の受付嬢の手からギルドカードを取り、踵を返す。あまりにもあっさりし過ぎな気もするが、下手に長居して余計な問題を増やしたくない。
ユキと手を繋ぎ、扉に向かう。ユキの小さくてしっとりとした手は、握っているだけで五割増しで幸せになれる。ユキに笑顔を向けられると更に十割増しだ。
「おっと」
前から歩いて来たオッサンがユキにぶつかろうとしたので、ユキを抱き寄せて避ける。こういう輩は本当に許せない。態とユキにぶつかり、いちゃもんをつけようとしているのだ。オッサンのようなクズにはユキの体に触れる資格など有りはしないというのに。
舌打ちするオッサンを無視してギルドから出ようとすると、肩を掴まれた。振り向くと、肩を掴んでいたのはオッサンだった。もちろん、ユキにぶつかろうとしたオッサンだ。ぶつかっていないのに、何か言ってくる気満々だ。
「今そのガキが俺の足にぶつかっただろ。どうしてくれんだ?」
…………。驚いて言葉が出ない。
ぶつかっていないのによくもぬけぬけと、とも思うし、どうしてくれんだ、ってぶつかってないから何も起きていないだろう。
あまりの頭の悪さに呆れて溜め息を吐きたいところだが、余計な問題を起こしたくない。僕はユキの為なら、下げたくない頭だって下げる。一部始終を見ていた受付嬢が顔色を悪くして、ちょっと可哀想だし。
「すみません。気をつけます。ほら、ぶつかったなら謝って」
ユキの背に手をやると、困惑しているようではあったが、ユキも頭を下げてくれた。申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、時にはこういった対応も必要だと教えるいい機会だと無理矢理納得する。……まぁ、出来るわけないから後で謝るけど。
「……ごめんなさい」
大分イライラする内容だが折り合いがつき、オッサンが鼻を鳴らして踵を返す。瞬間。
「ちょっと待てよ」
僕の右腕とオッサンの左腕が掴まれた。犯人は僕より幾つか年下の、十五才くらいの少年だ。腰に剣を携えているから、冒険者とみて間違いないだろう。
「なんだ?ガキが」
オッサンのボキャブラリーの少なさに笑いがこみ上げてくるが、冷静になれば別に何も面白くないことに気付く。ユキに頭を下げさせたことで存外、平静な思考を失いかけていたようだ。だからと言って、オッサンのボキャブラリーの少なさを笑うって……。
「全部見てたけどその子、別にぶつかってなかったよね?酷い言い掛かりだな」
今度こそ、溜め息が溢れた。せっかく精神削って揉め事を避けたのに、態々蒸し返して。正義漢ぶって被害者に更なる迷惑をかけるのは辞めて欲しい。
「アンタも。子供に悪くもないのに謝らせるなんて、保護者失格だぞ。大体、ぶつかったかどうかなんて分かるだろ」
そりゃ分かるさ。僕が避けさせたんだから。僕が避けさせたことにすら気付かないなんて、僕を馬鹿にする割には大した力量もないようだ。
ふとオッサンを見ると、オッサンもこっちを向いたので肩を竦めてみせた。すると、オッサンも溜め息を吐いて苦笑いを返してきた。
「まったく。こんな人が保護者なんて……。君、酷いこととかされてないかい?」
クソガキがユキの頭に手を伸ばした。
だから、その手首を右手で掴み、肘に左手を押し当ててへし折る。それでもまだイライラが収まらないから、胸ぐらを掴んでオッサンに投げつける。
そういえば、とオッサンもユキに触れようとしたことに気付き、オッサンの右肘と右膝を折っておいた。
ユキに触れようとしたのが悪い。
一拍置いて、二人が悲鳴を上げ出したので、少しだけ気分を良くしながらギルドを後にした。受付嬢の顔色が真っ白だったので、小さく笑いかけておく。まぁ、あの程度の雑魚なら何人潰したところで、大した問題にはならない。それに、ユキの方が大切だ。
ギルドを出て、今日泊まる宿を探して歩く。日も大分傾き、空がほんのり黄色がかっている。
それでも人通りの変わらない大通りを、ユキと手を繋いで見て回る。もちろん、いつも通りの恋人繋ぎだ。
「ユキ、ごめん。あんなのに頭下げさせて。結局やるなら、最初からやればよかったね」
ギルドにいた時から感じていた鬱々とした気分を、やっと吐露する。申し訳なさで押し潰されそうな僕に、ユキは微笑みながら寄りかかってきた。
「いいよ、別に。光がすごく嫌がってたの知ってるもん」
「…………ん……」
『知ってるもん』?…………知ってる『もん』?……え、……ナニソレ、超可愛いんですけど。
「光の考えてることなんてお見通しだよっ」
「ユキ……」
なにこの子!?僕のツボを的確に押さえてくるんだけど。あまりの可愛さにキュン死にしそうなんだが。
きっとあれだ。ユキには僕の考えていることがお見通しらしいから、僕の趣味嗜好がバレているんだ。だから、ユキはこんなに可愛いんだ。
「あっ。あれって宿じゃない?」
僕の手を引いて、ユキは人混みをかき分けて行く。確かに、進行方向には宿がある。が、そんなことよりユキが可愛い。
「こんにちはっ」
宿のドアを開けたユキの第一声。可愛いユキの姿に、カウンターで暇そうにしていたオバサンの目が覚めたようだ。そりゃ誰だって、突然天使のような女の子が現れたら驚く。
「一部屋空いてますか?」
すっかり馴れた様子でチェックインするユキに、成長したんだな……と、嬉しいような寂しいような。旅を始めた当初は、人見知りで他人と会話がほとんど成り立たなかったからなぁ。ロイドさんといい、ギルドといい、ユキはすっかり強かに成長しているようだ。
旅の動向とユキの成長を綴った記帳も、そろそろ二冊目が埋まる。暇があれば、読み返してみるのも良いかも知れない。
「―――ねぇ、光?」
「…………え?何が?」
突然、ユキに話を振られたが、思考に没頭していたため聞いていなかった。僕の悪い癖だ。
「うんって言えばいいの」
僕の癖を理解しているユキはよく、こうして僕に肯定させる。しかし、話を聞いていないから何を肯定させられているのか知らない。まぁ、ユキのことだから悪いことではないだろうけど。
「えーと、あぁ、うん、そうだよ……?」
僕がそう答えると、ユキは満足げに大きく頷いて、オバサンに手を振って僕の手を引く。どうやら、部屋は空いていたようだ。
………オバサンが苦笑いしているのは何故だ。
ユキに引かれるまま、空部屋に入り、荷物と背中に背負っていた太刀を下ろす。そういえば、前の街は少し急いで出立したから砥石を買い直すのを忘れていた。忘れないうちに、明日にでも買いに行こう。
「あぁ〜。ベッドだぁ〜。久しぶりー」
もふもふとベッドに顔を埋めるエンジェルちゃん。可愛すぎる。
「一ヶ月ぶりぐらいだっけ。ごめんね。ちゃんとした宿が取れなくて」
ここ一ヶ月、問題に巻き込まれたり宿が埋まっていたりで、ちゃんとベッドのある環境がなかった。地面に横になったり、雑魚寝したり。九才の少女には辛かっただろう。
「……ん……平気。光がいたから……」
嗚呼、なんて可愛い御子でしょう。そんなこと言われたら更に好きになってしまうではないか。別に悪いことではないけど。
「ちょっと眠いかも……。用事があったら起こして……」
既に目を開くことも出来ない様子のユキ。本当に、無理させてすまないと思う。
それも、通告がギルドに伝わっているみたいだから、もう平気だろう。前のように、あっちこっち奔走する旅ではなくなるはずだ。
だから、今はゆっくり休んで欲しい。ユキの寝顔は僕が堪能するから。




