十五話
冷たい床に這いつくばって、全身を襲う激痛に耐える。そういう苦行を、人は虐待という。何かしらの情報を聞き出す等の目的があるとすれば拷問というのだが、今回のコレは虐待でいいだろう。
屋敷でユキを抱き締めてからのこと、はっきり言って記憶がない。後ろからガツンとやられたのか、貧血で意識を失ったのか。
わからないが、気付けば包帯グルグルで雑な手当てをされていて、包帯の上からグルグルと拘束具で固められていた。一体、何があったのだろう。
しかも、現在地は牢獄である。四角い部屋の一面は鉄格子で、他の三方には窓一つない。当然、床にも天井にも。鉄格子の向こう側には廊下があり、そこから僅かな光が入り込んでいるだけ。
目が覚めて体感で三時間。僕をユキと引き離した犯人からは何の音沙汰もなく、疼く傷口の痛みにひたすら耐え、ユキを想って硬い石の床の模様を眺めている。いくら探しても、ユキに似た模様は見付からない。あるわけないのも知っている。
因みにだが、顎にも拘束具を着けられている為、喋ることもできなければ、歯で鉄格子を食い破ることもできない。それ以前に、牢獄内からは何らかの方法で空気中の魔力が抜かれているようで、魔法が使えない。脱獄どころか、身動ぎすらできない。
…………。いや、つい脱獄とか言ってしまったが、別に騎士団に捕まったと決まったわけではない。一応、捕まる理由があるにはあるので必ずしも違うとも言えないけど。
まぁ、誰に捕まったかなんて些事は置いておいて、ユキは無事だろうか。愛しのマイエンジェルにして、麗しの美幼女様は。最後に見たのは泣き顔だったが、もう泣き止んだだろうか。また泣き出したりしていないだろうか。
心配だ。非常に心配だ。どっかの変態に指一本でも触れられていたら、僕は世界中の変態を殺害しないといけなくなる。それはいいとして、もし僕を拘束しているのが騎士団だったら、僕は国を敵にしなければならない。それはユキの安泰から最も遠いものだ。極力避けたい。
ユキに会いたい。ユキに会って抱き締めて、二度と離さないとか臭い台詞を言ってユキの可愛い反応を楽しみたい。…………ここだけの話、ユキの香りを嗅ぎたい。あ、やっぱ今のなし。
それにしても、この街は一体どうなっているんだ。ちょちょっと旅の途中に寄っただけで、次から次へと面倒事に巻き込まれて傷だらけ。しかもユキから引き離されるという精神攻撃付き。僕はそろそろ泣いてもいいんじゃないだろうか。あ、もう、一度泣いたか。
おや。どうやら何方かいらっしゃったようだ。ようだが……不思議なことに足音が聞こえてくるのは廊下からではない。僕の背後にあたる壁からだ。
コンコン……コン……こっ。
と、ノックを始めたようだ。ノックをされても、僕は返事なんてできないのだけど。入るなら勝手に入ってくれればいいのだ。
僕の気持ちが伝わったのか、ノックは止み、待つこと数分。石の壁が弾けてなくなった。一面すっかり無くなるとか、やり過ぎだろ。どうでもいいけど。
「おいおい。こりゃ、すげぇ拘束だな。指も動かせないだろ?」
指どころか唇も動かない。入って来た人物の顔も見れない。
「こんな拘束、どんだけビビってんだか。瀕死の男相手に」
顔は見れないけど、声での判別はできる。もちろん、聞き覚えのある声ならだけど。この声には聞き覚えがある。
「まったく、この国の騎士団はどんだけ腐ってんだか。やっぱり、さっさと違う国に移動した方がいいよな。ってことで、一緒に行かないか?」
喋れないから答えられない。質問をするならさっさと拘束を解いてくれ。それすら言えないけど。
「拘束なら解いてやるけど、先に聞いとけ。解放されて暴れるつもりなら、敵は騎士団延いてはこの国全体になる。覚悟を決めろ……とか言わなくても、お前んとこの嬢ちゃんが連れてかれてるって言えば、止まる気ないだろ?」
うんうん。もう駄弁りはいいからさっさと解放しろよ。僕は今すぐ騎士団全員ぶっ殺してユキを迎えに行くのだから。いや、逆か?ユキを迎えに行って騎士団をぶっ殺すのか。どっちでもいい。
「ほら、今解くから……。あれ?この鋲……これ……めんどくさ」
とろとろ時間をかけて、拘束が次第に弛んでいく。いつの間にか部屋の魔力も戻っている。これなら十分、抜け出せる。
魔法を使って拘束具を引きちぎる。なかなか硬い素材だったようだが、やっぱり相性の問題だ。顎を留めていた拘束も外し、拘束からは完全に抜ける。
「見事な包帯男だな」
僕の拘束を解いた張本人、運び屋のロイドさんが、引き吊った笑みで僕の姿を評する。僕は服装に大して気を使う性格ではないので、全身包帯でも気にしないのだが。
そんなことよりユキだ。ユキは一体どこにいるのだ。僕は早急にユキ成分を補給しないと枯死してしまう。僕の生命力の半分はユキでできているんだ。
「南門付近の騎士団の詰所、その地下だ。そこに簡易の牢がある。簡易だからな。不衛生で、長居すると病気になりかねないぞ」
「ユキ、ユキ……」
どんな世界で以て、最も可愛く可愛くかわいいユキを、不衛生な牢に入れるなんて、生物のやることではない。生物ではない。案山子やゴーレムと同じだ。
流石は他国から『案山子騎士団』とバカにされるだけのことはある。意味合いは若干違うだろうけど。
「逃げる宛てがないなら、南門を出た街道に来い。この国から出る気があればだが連れて行ってやる。途中下車はできないから、よく考えろ」
後のことなんてどうでもいい。今はとにかくユキの救出だ。ユキが病気にかかっては大変だ。大変どころでないほどの緊急事態だ。
「ユキー、ユキー」
ユキのことが心配で頭の中がユキでいっぱいになって頭が可笑しくなりそうだ。世界の音がどんどん遠ざかって、ユキの声が頭の中で響く。しあわせだ。
「死ぬなよ?本当に死にそうで恐ろしい」
あはは、何を言っているんだか。僕はユキが安全に幸せに納得できるまで死なないよ。そう決めたのだから。あはは。
・・・・・・・・・
昔々の話だ。運び屋ロイドが運び屋を始めた当初の話。
なんでもない、平和な街道を軽い荷を積んで駆け出し冒険者の護衛を雇って運ぶ。そんな簡単な仕事をしていた頃。
突如、眼前にドラゴンが現れた。瞬く間に冒険者は喰われ、ロイド自身も死を覚悟した。
しかし、一体何が起こったのか。ロイドは生きていた。ドラゴンが腹を満たして戻ったのか、運良くドラゴンに見つからなかったのか。わからないが、死んでいない。
それからである。ロイドは死を恐れなくなった。何度死にかけても、脳裏に浮かぶのはドラゴンに襲われた記憶、本物の恐怖。
ドラゴンの尖った牙に比べれば、野党の剣など木剣と何ら変わりない。
この世界で最も恐ろしいドラゴン。俺はあの時死んでいた。一度無くしたはずの命。もう、ドラゴン以外に恐ろしいモノなどない。
そう思っていた。そう信じて運び屋を続けてきた。
そんなロイドが、ドラゴンほどではないにしろ、明確な恐怖を感じる人物が現れるなど、微塵も考えていなかった。
少年であった。幼い女の子を連れた、歯車のずれた少年。
その強さも、本心の読めない性格も、大したことではない。確かに強い。確かに読めない。
だがそんな些末事、霞むほどに、少年は連れの子供に狂っていた。
まるで子供が気に入った玩具を手放さないように、玩具を取り上げられると癇癪を起こす子供のように、少年は連れの少女に嵌まり込んでいた。ただそれは、子供の癇癪よりずっと質が悪い。
たとえ腕が折れようが千切れようが、絶対に玩具は放さない。誰かを殺すことになろうとも、手放さない。
ひたすら少女にのめり込む少年は、ロイドの感情を揺さぶり、恐怖を甦らせる。少年は、ドラゴンが生態系から外れた恐怖であるように、人から外れた恐怖だった。
だからこそ、目が離せない。放っておくと、癇癪を起こした少年に殺されそうで。
「あいつは……気持ち悪いんだよ」
暁に染まる街道で停止した馬車の御者台に座るロイドは、隣に座る金髪の少女にそう語る。
「お前の兄貴よりずっと……ロリコンなんだろうな」
朝早くにも拘らず、街は騒がしく、件の少年が暴れ回っていることがわかる。あれに巻き込まれなくてよかったと、ロイドは苦笑いして頬を掻く。
ふと、少年が別れ際に見せた笑みを思い出し、身震いする。かつて見たドラゴンには遠く及ばない、にも拘らず背筋が凍るような恐怖。
やがて喧騒が収まり、街での騒ぎの元が消えたことが伝わってくる。
「………死んだか」
ロイドはゆっくりと首を振り、溜め息を吐く。そこには安堵と落胆、二つの感情が込められていた。
「僕は死にません」
「………」
いつの間にか荷台には件の少年が乗り込み、荷を背もたれにして座っていた。肩や足に新たに大きな傷を負っているが、痛みなど感じていないかのような表情で、少年は微笑んでいる。
その胸には、盛大に泣きじゃくる少女がしがみついていて、少年は少女の頭を血塗れの手で撫でていた。
ロイドは再び落胆を込めた溜め息を吐く。
「荷を汚すなよな……」
「あははあはは。ユキ、次の国は、ゆっくりできたらいいね」
「うん……うん………!」
何故、さっさと自分だけ逃げなかったのだろうかと、ロイドは明るむ空を見上げて手綱を握った。
まさかの最終話と相成りました。
半端な区切りになりましたが、読んでくださり、ありがとうございました。
不思議なものです。ほのぼのさせるはずが、いつの間にやら光君の頭のネジが外れてました。




