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第七話 DAY2【勇人side】


ただ、たまたま、屋上という場所に興味があった。

行った先に彼女がいるなんて思いもしなかったし、まぁいても逆に嬉しいくらいなんだけど。

でもやっぱり向こうからしてみれば俺が来るなんて迷惑極まりないことであって、当然ながら思いっきり嫌そうな顔をされてしまった。


「陽沙子‼なんでここに?」

「悪い?」


とりあえず明るく声をかけてみたら、そんな無愛想な一言しか返ってこなかった。


でも…、めげんな!俺!


自分に喝を入れてみる。


「いつもここで昼メシ食べてんの?」

「ここは私の場所なのに、なんで来たの?」


おいおい、質問に質問で返すなよ…。


「私は自分が聞きたかったから聞いただけなんだけど。」

「心の声を読むなっ‼」


なんなんだこのコントは!

でも、不思議と心地よかった。


当の陽沙子は機嫌悪いままだけど。


陽沙子は俺と話すのをやめて、手に持っていた菓子パンを食べ始めた。


いちごクリームサンド。

陽沙子が小さい頃から好きな菓子パン。

ずっと隣にいた幼馴染の俺は知っている。


いつからだろう。

陽沙子が人から距離を置くようになったのは。


美紗子とこの話になると、決まってあいつは『私には理由がわかるよ。』なんて意味深なことを言う。

内容を教えてはくれないが、まるで自分のせいだと言うような顔でそう言うのだった。


俺にもなんとなくわかる気がする。

美紗子と陽沙子を、一番近くで見てきた自信がある。


美紗子は、完璧すぎたのだ。


それは、一生そばにいる陽沙子に劣等感を与えるのには十分過ぎる程に。

幼い頃の、馬鹿な俺だって純粋に陽沙子が可哀想だと思った。


それから陽沙子が何にも興味を持たないようにしているのは目に見えてわかった。

人に冷たくあたり、友達を作らない。


ただ、俺には。

陽沙子の気持ちをわかっている俺には、冷たくなって欲しくなかったというのは、贅沢な願いだろうか。


横目で陽沙子を見ると、柵に肘を置き、黙って外の景色を見ている。

その瞳は、悲しそうな、虚しそうな、どこか思い詰めたような感じだった。


「どうした?」


答えてくれるかなんてわからないけど、とりあえず聞いてみる。


少しの間、沈黙があってから。


「こんな広い景色見てるとさ、自分がどれだけ些細な存在なのか、思い知らされてる感じがする。」


陽沙子は、まるで独り言のようにポツリと、しかしはっきりとそう言った。


「そんなに卑屈に、なるなよ。」


俺も、そんな言葉を自然に呟いていた。

陽沙子がこちらを振り向く。


俺は、次の言葉をごく自然に吐いた。

ずっと思ってきたことを、何故か言いたくなってしまったのだ。

陽沙子を庇うつもりで。

俺は陽沙子の気持ちをわかっているよって、伝えたくて。


「美紗子ってさ、何でもできて本当に完璧だよな。俺らがどんなに頑張っても追いつけないとこにいるよ。」


少しだけ、陽沙子の顔が暗くなった気がした。

だけど俺は。続けてしまった。


「俺は、陽沙子の辛い気持ち、理解してるよ。」


途端に、陽沙子の顔が真っ赤になった。

拳で力強くスカートの裾を掴んで、俺を睨みつけている。

恨めしそうに。


え、俺、なんか変なこと言った?

ただ庇いたかっただけなんだけど…。


俺の答えが出るより先に、陽沙子が震える声で言った。


「有永に、どうして私の気持ちがわかるっているの。」


これは、怒りだ。


そう気づいた時には、もう遅かった。


「有永ってほんとに無神経だよ。

無神経、無神経無神経無神経無神経‼

私の辛い気持ちがわかる?ふざけないで‼」


俺は何も考えられなくなって、ただ呆然と、陽沙子を見つめて立ち尽くすことしか出来なかった。


「褒められるのはいつも美紗子で、私は横で比べられて‼その気持ちは少しはわかってくれてるみたいだね。でもっ‼」


陽沙子は、今にもこぼれ落ちそうな涙を必死に堪えていた。


「好きな人までとられる辛さなんて、全然わかってないだろっ‼ふざけんなっ‼」


とうとう陽沙子の瞳から、涙が溢れ出した。

一度流れ出した涙は、とどめなく。


「私は、なんでも出来る美紗子から何もかも横取りされたんだ‼演劇も‼

…勇人も‼」


あ、超久しぶりに勇人って呼ばれた。

って、じゃなくて。


「知ってるよ、バレバレなんだよ‼勇人が美紗子のこと好きなことくらい‼

わかる?私の気持ちが‼勇人が美紗子の話をする時の笑顔を見なきゃいけない、私の気持ちが‼」


陽沙子は一気にそう言った。

マシンガンみたいに。


そこまで言い切ると、息を荒くして、涙を流しながら、ただ立っている。


俺は、頭の整理が全然出来ない。


今陽沙子の口から出てきた言葉が、全部文字に変換されて、ただ脳に入ってくる感覚。

ただ、反射的に陽沙子の名前を呼んでみる。


「陽沙…子。」


すると陽沙子は突然はっと、目が覚めたような表情をしてから、全力疾走で屋上を出て行ってしまった。


追いかける気にはならなかった。

というか、足が動かなかった。


あの言葉からして、陽沙子は俺のことが好きだった…ってことでいいんだよな?


これまでの自分の言動を振り返ってみる。


最低だ。無神経にも程がある。


結局、俺は陽沙子のことを何もわかってなかったってことだ。

ずっと近くにいたのに、辛い思いをさせていたのは俺だった…。



だけど。


冷静に頭を冷やしてから考える。


今のことでわかったことが二つある。

一つは、俺はずっと勘違いしていたということ。


そしてもう一つは、陽沙子もまた、ずっと勘違いをしてきた、ということだ。


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