第四話 終わりの始まり
大変遅くなってしまいました‼
読んでいただけたら幸いです。
…っこ‼
ひさこ…っ‼
何処かで自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。陽沙子は途切れた意識の中に居た。
懐かしくて、どこか切ない声。
だが、その声の持ち主が誰なのかわからなかった。
助けて…
陽沙子…
「陽沙子っ‼」
その声が突然鮮明なものに変わり、陽沙子は意識を取り戻した。
陽沙子が今寝ている場所はどうやら保健室のベッドらしい。
「っ‼陽沙子…‼よかった…」
視線を、声が聞こえる方に向ける。
美紗子が安堵した表情でこちらを覗き込んでいる。
先程死んだばかりのはずの美紗子が。
陽沙子は、ボヤけた思考を懸命に働かせた。一つ一つ整理していく。
さっき確かに美紗子が死んだのを見た。
それなのに今目の前に美紗子がいる…。
だんだんと先程体験したことを思い出していく。
死神と名乗る影が現れて、美紗子の寿命を一週間引き延ばす、そして運命から逃げるには陽沙子が庇うしかない、と宣告していった。
『つまり、今ここにいる美紗子は一週間に死ぬ…?』
陽沙子が考えを巡らせていると、美紗子が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫?体育館で急に気絶するからびっくりしたわ…。」
美紗子の言葉から推測すると、どうやら陽紗子が体育館に行ったことまでは現実らしい。
いや、そもそも今まさに夢の中かもしれないし、先程のことが夢だったのかもしれない。
どちらにしても、今この瞬間は美紗子が生きている。
そう思うと、訳も分からず涙が溢れてきた。それが何の涙なのか分からない。
これまで美紗子を憎んでいたはずなのに。自分と違って何でもできる美紗子を妬んでいたのに。いつも自分のモノを奪っていく美紗子を僻んでいたのに。
それでも、そんな自分が嫌いだったのも事実だ。
陽沙子は、自分の中で、美紗子がどういう存在なのか今更になってわからなくなっていた。
『違う。きっと、勘違いしてたんだ。初めから、憎んでなんかいなかったのも知れない。』
泣く陽沙子を、美紗子は黙って見つめていた。
またしばし流れた沈黙を美紗子が破る。
「あのね、私、嬉しかった。陽紗子が演劇部の練習見に来てくれて…。
ほら、陽紗子演劇辞めちゃったでしょ?その理由もなんとなくだけど、わっかてたから…。」
美紗子は遠慮がちにそう言って、俯いた。
「そしたら急に…陽沙子っがぁ、倒れっ、ちゃってぇー」
美紗子は泣いていた。陽沙子の涙は驚きのあまり止まってしまった。
「そんなに思い詰めてたって、気づいてあげられなくて…」
美紗子はしゃくりをあげて泣いた。
『違う、違うよ。さっき変な夢を見て…』
陽沙子は、美紗子を泣き止ませるため先程見た死神の夢の話をしようとした。きっと、あの夢は、あの死神の言葉は、私に大事なことを気づかせてくれるためだったんだ、と。
が、しかし。
「美紗子、違うんだ。あの、さっきね。」
陽沙子が、そう言いかけた瞬間。
「し…」
何故か、言葉が続かない。喋りたくても、喉が音を発しないのだ。
一度咳払いをして、言い直す。
「あの、しっ…ゴホッ」
次は、急に咳が出た。
何か言いたげな陽沙子を、美紗子が心配そうに覗き込む。
「陽沙子…?大丈夫?」
陽沙子は黙って頷き、今度こそ死神の話をしようとした。
「あのっ、…ゴホッ、ゴホッゴホッ」
次の咳は酷かった。咳は止まらず、陽沙子が話そうとするとさらに酷くなる。
次第にそれは、嗚咽へと変わった。
「ゴホッ、…うっ、ゲホッゲホ、かっ…!うぷっ、かはっ‼」
「陽沙子⁉大丈夫⁉」
嗚咽で涙が出てくる。陽沙子は咳をしながらなんとか頷く。
陽沙子は、もう気づいてしまった。
非科学的な何かが、陽沙子が死神の話をするのを強制的に阻止していると。
陽沙子は、自分の胃が渦を巻くのを感じた。嫌な予感。それはもう、死神の話が夢ではないと信じなければならないサイン。
陽沙子が死神の話をするのを諦めると、咳と嗚咽は嘘のように止まった。
「大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと風邪気味なのかな。」
死神と無関係な話は喋ることができた時、陽沙子は、死神とのやり取りは夢では無いことを悟った。
それを信じられたことすら非現実的だったが、直感とも言うべきものが陽沙子を働かせた。
「私が、私がどうにかするしかないんだ。」
陽沙子は、独り言のように呟く。
首を傾げる美紗子を視界の端に据えて、二つの選択を迫られていることを覚悟する。
数分前、 途切れた意識の中で聞こえた助けを求める声は、美紗子だったのかも知れないなどと思いながら。
陽沙子の戦慄の一週間が始まろうとしていた。