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我輩はどらごんである、名前はまだない。

作者: 鍵屋

キーワード[ファンタジー/異世界/ドラゴン/竜/人化/ヒロイン一人称/ゆるゆる/逆ハーレム(予備軍)]


PCだとあらすじ等が表示されないため、念のため。


 我輩はどらごんである、名前はまだない。

               「とある聖竜ヲトメの日記」より


 ----- ----- ----- ----- -----


     其の壱


 気が付いたとき、というか、目が覚めたとき、私はなにやら真ん丸い物体の中でまるまってうつらうつらしていた。

 暑くもなく寒くもないその場所は、ぼんやりとした意識の中で心地よいと感じていた。そして時折その外側から、様子を探るようにコツコツと叩かれゆさゆさと揺らされた。外に出てこいと催促されているようではあったけれど、それも不思議と不快でなかった。だけど私はもう少しその中にいたくて、嫌だと小さく唸り返すのだ。

 すると諦めたようにそれは止んで、だから私は再び眠りに付いた。

 幾度もそれは繰り返されたのは記憶にあるがけれどそれが何回あったかと問われても、さすがに覚えていないと答えるしかない。数えるのが億劫おっくうになるほどの回数があったというのもあるけれど、それ以上に半分寝ているような状態だったからそれが夢なのか現実なのか認識出来ていなかった。

 とにもかくにも、そんな感じで私は――ひたすら惰眠をむさぼっていたのだった。強制的に目覚めさせられることになった、その瞬間まで。




 ある日のこと。いつものようにそれは始まった。

 が、コツコツがコンコンに変わり。そしてゴンゴン、次第にガツンガツンに変わった。

 それに合わせるように「出てきなさい、起きてきなさい」とお願いするような声が聞こえたのだが、それが遠慮なんて皆無な「とっとと出てきやがれ、さっさと起きやがれ」という命令に誓いそれに変わっていった。

 はっきり言って、安眠妨害もいいところだ。心地よいまどろみの中にいたというのに、気が付けば頭が冴えてしまった。

 私は小さく欠伸をすると、苦情を言うために口を開いた。

「ぴぎゃー」

 …………ん?

 確か「うるさい」と言ったと思ったのだけど?

 訝しるように首を傾げて、まあいいか直接苦情を言おうと、伸びをするために四肢を伸ばす。右手左手、右足左足、ついでに尻尾が真ん丸の中でんっと伸ばされる。うん、身体は問題ない。

 ……んんっ? しっぽ?

 ……………………あれ?

 なんだか、妙な感じがするんだけど。

「ぷみー?」

 うーんと唸ると口から漏れたのは「声」ではなく「鳴き声」で、やっぱり妙な感じが拭い得ない。というか、違和感しかないんだけど。

「ああ、もう! じれったい!」

 起きろ、出てこい。そう言っていた声がついに怒鳴った。


 ――ごぉぉおおん!


 かと思った次の瞬間、何かが振り下ろされ私を覆っていた真ん丸い物体に亀裂が入った。その亀裂から眩しい光が差し込む。

 おー、すげー。

 そんな感嘆の声は当然のように「ぷぎゃ、ぴぎゃー」と発せられ、さっきの一撃よりは慎ましやかだけど容赦のないゴヅンゴヅンというそれは繰り替えされた。

 で、程よく出来た亀裂からほっそりとした手が現れるとそれは私を掴み、崩れ始めた真ん丸い物体から連れ出したのである。




 その手の持ち主は、十代半ばくらいの少女だった。

 絶世の美少女とはお世辞にもいえないけども、くりっとした円らな瞳やぽってりとした色付いた唇なんかが愛らしい、人好きのする褐色の肌と薄桃色の髪と瞳の少女だった。

「やっと会えたわね。

 あたしは貴女の守護者のエーテ。いにしえの誓いにのっとり、貴女の守護者として恥じない行動をすることを、我が祖アカテに誓うわ。

 ……よろしくね、聖竜さま」

 エーテと名乗った少女はそう微笑んで私の額に指先をつけた後、右手にちゅとキスを落とした。

 するとぽわんとキスされた手が暖かくなって、視線を向けると指の一本に細かい細工の入った指輪が嵌められていた。

 色々と思うことはあるんだけど、とりあえずひと言いいだろうか。

「ぷぅるる、ぴぎゃぁあー!」

 意訳、なんじゃこりゃー!

 腹を押さえた後その手を見て絶叫するのが正しい作法だと、誰かが力説していた記憶があるこのセリフ。一度全力で叫んでみたかった、というだけじゃない。……念のため。

「どうしたのよ、叫んだりして。

 っていうか、なんじゃこりゃって。女の子がそんな言葉使いしちゃダメよ?」

 結構な大声で叫んだつもりだったのだけど、上を向いての叫びだったためかエーテは軽く顔をしかめただけ。

 むしろさり気なくたしなめられた。

 私の方が年上っぽいのに。ちぇっ。

「聖竜さま、次は貴女の番よ。

 早く誓約しておばばさまのところに行きましょう?」

 …………誓約?

 意味がわからず私が首を傾げると、エーテも同じ様に首を傾げた。暫くその体勢で無言で見つめあった後、このままじゃまずいと、とりあえず私から口を開く。

 誓約って、何? と。

 当然のように「ぷみゃ」という鳴き声だったけど、さっきの「なんじゃこりゃ」同様、エーテには意味が通じたらしく明らかに驚いた顔をされた。

「ちょっと聖竜さま、冗談はやめてよ。

 あたしたち人間と違って、竜族はその血に刻んで歴史を繋いでいるんでしょ? 竜族が誓約を知らないなんて、そんな……」

 褐色の肌だからわからないけど、きっと青褪めているんだろうなと思ったらさすがに罪悪感が芽生えてきた。ごめんよ、エーテちゃん。

 とりあえず心の中で謝りながらも「だって知らないものは知らないし」と、例によって「ぴぎゃあ」と返した。

「うっそぉ、何それぇ」

 がっくりと項垂れ膝をつきつつも私をしっかり抱いたエーテ。その瞳には今にもこぼれそうな涙が浮んでいた。

 えっと……ごめんなさい?





     其の弍


 暫く呆然としていたエーテだったけど、おもむろに立ち上がると私をしっかりその胸に抱き締めた。幼げな顔の割りにしっかりある質量の胸に押し付けられる形で。顔の構造的にか、鼻は上を向いたから圧迫と呼吸困難の心配をする必要がないのが少し悲しい。

 だってほら、ねぇ。

「おばばさまの所に行くしかないわ。竜族がする誓約の言葉は知ってるけど、それをただ言って誓約がきちんと結ばれるかどうかわからないから。

 だから、おばばさまのところに着くまで、大人しくしていて。誓約を交わしていない聖竜さまは危険なの」

 小さな子を言い含めるような感じにエーテは言うと、私を器用に片手で抱いてその辺りに置いてあったらしい布を被る。

 視界が遮られて何も見えなくなったけど、エーテの言葉通り大人しくしている。エーテの言葉に出てきた危険の意味が、私の存在が危険視されているのか私の身が危険なのかわからない以上、駄々を捏ねるわけにもいかないし。

 カツカツというピンヒールの靴音みたいな音と一緒に揺られる。その音はエーテの足音だと推測できて、次いで聞こえた扉が軋む重たい音でどうやら室内にいたらしいことが推測できた。

 いやほら、真ん丸い中にいたってことしか記憶にないし。エーテに引っ張り出されてからは、エーテの印象が強すぎて辺りを見回す余裕もなかったし。

 押し付けられているせいでしっかり聞こえるエーテの心臓の音と、歩く揺れとが眠りを誘う。

 なんとか声を出して欠伸をするのを我慢すると、すれ違う人にエーテが声を掛けられているのが聞こえた。

 卵は無事孵ったのか、孵ったなら聖竜さまはどのようなお姿なのか、などなどなど。

 エーテが私のことを問われてるんだってことは、さすがの私も推測ついたよ。だってほら、私が人じゃないってのは自覚してるし。

 エーテがキスした手は、爬虫類のそれに酷似してたし。私が寝てた真ん丸いのは卵だって理解してる。これだけ状況証拠があるのに、信じたくないって駄々捏ねる気にはさすがになれないよ。うん。




「あら、エーテじゃありませんの。そんなに急いでどちらに行くおつもりなのかしら?」

 うとうとしてきたそこに、眠りを妨げるようなキンキン響く高飛車な声が聞こえてきた。

 思わずムッとしたが、我慢する。

「おばばさまのところよ、アーニャ。

 卵が孵って誓約を済ませたらおばばさまのところに行くのは当然でしょう?」

 苛々としたエーテの口調と、ぐっと私を抱く手に力が篭ったことから、この声の相手とは会いたくなかったんだなと推測する。

「まァ、誓約出来ましたの! あたくしてっきり、また、卵を孵らせることが出来なかったものと思いましたのに。

 それで、エーテの守護する聖竜さまはどのような竜ですの?

 あたくしも聖竜さまを守護する身、お顔を拝見して直接挨拶いたしたいですわ」

 有無を言わせないようなそんな言葉に、エーテは思わず押し黙った。

 エーテは、そのおばばさまに私のことを相談して誓約を済まさないと誰かに合わせられないと考えているのだと思う。誓約を済ませていないことがどれだけ弊害があるのかわからないけど、済ませていないのは相当まずいのだろう。

 で、エーテは私が変だということをこの声の主――アーニャとやらに知られたくないのだろう。

 …………まぁ、仕方ないか。

「ぶるぎゃあ」

 出来るだけ低い声で、怒りを込めて唸るように言う。

 ぷっとエーテが笑いを堪えるのが聞こえたから、私の言葉は見当違いじゃなかったようだ。

「何を笑っているんですの!

 エーテ、聖竜さまはなんておっしゃいましたの?」

 上擦ったその言葉に、エーテはなんとか笑いを我慢する。

「ぷみ、ぴみゃ」

 そこに私のものでない似たような鳴き声がして、その場をとりなす。

 アーニャ、落ち着いて。そう言った鳴き声に、アーニャが「あたくしは冷静ですわ! クリシェでも構いませんわ、なんて言ったのか教えなさい!」と怒鳴り返した。だけど答えられずに口ごもったその鳴き声に、アーニャは更に激昂する。

 うーん、アーニャに貧乳は禁句だったか。見えないから半ば冗談だったんだけど、本当に貧乳なのね。

 小さな声でエーテにこの隙に行こうと促し、言い争いをしている一人と一匹からそろそろと逃げ出すことに成功した。

 クリシェという名らしいアーニャが守護する竜さん、ごめん。




 その後はトラブルもなくエーテがおばばさまと呼ぶ人のとろこに到着した。

 さほど大きくない部屋にエーテとおばばさまと私の三人?きり。エーテの腕と胸から解放されて机の上に置かれた私は、百はとうに過ぎてるだろうなと思われる老婆に、ぺこりと頭を下げて「はじめまして」と挨拶する。当然、「ぷぎゃ」と鳴いたようにしか聞こえなかったが。

「おやまぁ、これはまた見事な聖竜さまだねぇ。

 エーテや、まだお前さんからしか誓約が行われていないみたいだが、こちらの聖竜さまに断られたのかい? なにそそっかしいことして、嫌われたんだい?」

「違います! 卵から出すのにちょっと強引だったかも知れないですけど、それ以外は嫌われるようなことはしてないです!」

 卵を強引に叩き割って中の雛を引っ張り出すのって、ちょっとってレベルじゃないと思うんだけど。せっかく貪ってた惰眠からもたたき起こされたし。

「こちらの聖竜さま、誓約を知らないっておっしゃるんです。それはあたしが気に入らないから誓約したくないってわけじゃなさそうで、本当に知らないみたいで。

 だからどうしていいのかわからなくって」

 最後のほうはもう涙混じりで、知らない私が悪い気がしてしまって、もの凄い罪悪感を覚えてしまった。

 そんなエーテからその老婆は私に視線を移すと、じっと見つてきた。

「本当に竜としての記憶がないのですか?」

 その質問には「ない」と答えて、頷く。

「では、誓約の内容を知らなければ、方法も知らないと」

 それも肯定して、頷く。

 老婆はそんな私に少し考えるように目を伏せたかと思うと、次の質問を口にした。

「誓約の内容を知ってからでしょうが、場合によってはこのエーテと誓約を交わしてもよろしいと考えておられますか?」

 さっきのアーニャみたいな子だったら断ったかも知れないけど、エーテならまぁいいかと、今度も頷いて答えた。今回の「ぷぎゃ」は了承の「いいよ」で。

 老婆は私の言葉に嬉しそうに頷いて、それから今度はほっとしたように泣き出したエーテを宥めはじめた。





     其の参


 老婆――ではなく、おばばさまの説明によると。

 ここは竜と人が住まう唯一の場所ということ。で、人は竜に守ってもらう代わりに、子育てがヘタな竜に代わって子を育てているらしい。

 その中でも特殊な竜がいて、それが聖竜さまと呼ばれる竜。

 聖竜さまはこの地の守りに重要な五匹の竜のことをさすのだけど、その中でも竜峰りゅうほうの守りとなる聖竜さまは特別らしい。

 なんと私はその聖竜さまのひとりで、他の四匹の竜と誰が竜峰の守り手となるか競いながら成長しなければならないらしい。なんて面倒な!

 そんな訳で、竜同士はそうでもないのだけど、その竜を守護という名の子育てをする人間には色々とあるらしい。うん、面倒極まりない。

 …………まぁ、そういう星の下に生まれちゃったと諦めることにするよ。

「では、よろしいですか。エーテがした時のように名を名乗り、古の誓いにのっとり、恥じない行動をすることをはじめて人と誓約を交わした竜祖シュウィさまに誓ってください。そしてエーテの額にキスを。

 それで誓約は完了です」

 思ったより簡単なその手順に頷き、エーテを見て誓約を行おうとして――肝心なことに気付いた。

 冷や汗をかきながらおばばさまを見やると、おばばさまは私を促すように頷いた。別に誓約できないのは踏ん切りがつかないからじゃないのですよ、おばばさま。

「ぴ、ぴぎゃあ」

 あのね、とおずおずと切り出して、それから本題に入る。

 私、名前もわからないんだけど。と。

 年齢を感じさせる皺だらけの顔をめいっぱい驚かせて、おばばさまはあんぐりと口を開けて私を見たのだった。




「アルドアさまにお知恵を拝借しましょう。これは人の手に負えるものではありません」

 おばばさまは決意したように言うと、よっこいしょと掛け声と共に立ち上がると杖を手に戸口に向かった。

 戸に手をあてたところで、おばばさまは何かに気付いたようにこちらを振り返った。

「エーテや、聖竜さまをしっかり抱いておきなさいな。

 おさ竜と呼ばれるアルドアさまといえ、アルドアさまは老竜ではなく成竜。守護者に誓約を交わしていない聖竜さまに、何かがあっては大変なことになります」

 机の上にのぼっていた私をエーテは自分の膝の上に移すと、ぎゅっと抱きしめてきた。

「承知してます。

 聖竜さまはあたしが守ります、守護者としての自覚はあります」

「その心意気ですよ、エーテ。

 では、暫くお待ちなさいな」

 緊張した様子のエーテに私は首を傾げて、エーテを見上げる。

 ごめんね、エーテ。私が何もわからないばっかりに。

「ぷるぐー」としか聞こえない声でエーテにそう言うと、エーテは違うとばかりに首を横に振る。

「ううん、悪いのはきっとあたしだわ。

 聖竜さまがなかなか出て着てくれないことに焦って、それで強引に卵から孵すようなことしちゃったんだもの。おばばさまには根気よく声をかけて、聖竜さまが自分から出る気になるまで待たなきゃ駄目って言われていたのに。

 アーニャやミナセは随分前に、イルエだって。カーラまでかえせたから、あたし……」

 エーテは悪くないよ。私、寝起きものすっごく悪いの。それでお母さんにも呆れられて、毎朝叩き起こされてたんだから。それでいっつもバカにされてたの。エーテのあれなんて、かわいいものなんだから。

 ぷぎゃ、ぷぎゃ。ぴぎゃあ。それから短い前足をふりふり、ついでにしっぽもふりふり。なんとかエーテを慰めようと、自分でもよくわからないことを言った気がする。

「お母さんって、それにたたき起こされてたなんて。

 聖竜さまは卵から孵ったばかりでしょ。変なこと言うのね」

 エーテは目に涙を浮かべてはいたけど笑顔で、少し元気になったみたいだった。




「ほぉ、それが次代の聖竜か」

 いつその人が来たのかも気付かず、いきなり声が聞こえたと思ってしまった私は「ぴみぎゃ!(訳:おばけっ!)」となさけない声をあげ、エーテに反射的にしがみついていた。

 そんな私と対象的にエーテは椅子から立ち上がり床に膝をつき、深々と頭を下げた。

「アルドアさま」

「聖竜の守護者たるお前が私に頭を下げる必要はない。

 ……幼いながらも香るその芳香は、さすが聖竜といったところか。名が無いと言ったか、幼き聖竜よ」

 そのおばけ(仮)がどうやらくだんの長竜アルドアさまらしい。

 エーテから顔をあげた私が恐る恐る窺い見ると、黒目黒髪の美丈夫がそこにいた。肌の色が日本人にしては濃くて彫りの深い顔立ちかなといった程度で、エーテに比べれば私的には見慣れた人種のその人。

 目があった。

 暫く見つめ合ってから、アルドアさまは深い呼吸と共に口を開いた。「異界の御霊を宿した者か」と。

「異界の御霊にございますか?」

 アルドアさまと一緒に戻ってきていたおばばさまが、言葉を復唱するように繰り返した。

 私にはなんとなく意味は理解出来るけど……なんだかなぁって感じだよね。

「ああ、だが知っての通り通常は御霊に宿された知識は深く眠り、これほどまで表に出てくるものではない。

 ましてや、竜のさがを阻害するまでなど前例がない」

 アルドアさまの言葉に私を抱くエーテの手に力がこもる。大丈夫だよと「ぷみぎゃ」と鳴いて、次の言葉を待つ。

 前例はなくても、似たような例があるなら解決策はきっとあるはずだし。

「ノーエ、他の聖竜たちと騎士竜らを集めよ。これより叙任を行う。騎士竜との誓いを通してこの世界との結びつきを強くさせ、御霊の安定を計る。

 守護者よ、幼き聖竜を真の意味で守れるのはお前だけだ」

「はいっ」

 エーテの緊張した上擦った返事に、私のせいで迷惑をかけ通しだと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。「ぴみぎゃあ」とエーテに謝るが、大丈夫と私に微笑みかえしてくれた。





     其の肆


 純白の聖衣という名の外は見えるけど外からは見えない特殊なおくるみにくるまれて、私はエーテに抱かれて移動する。周囲の様子は気になるものの、「私が危険」の事情を聞かされた後では到底文句を言うことも出来ず、大人しくしている。

 竜という生物は、雄の個体数に比べて雌の個体数が圧倒的に少ないらしい。

 それを聞いた時は「逆ハーレム?」なんて思ってしまったわけだけど、その少ない雌には聖竜としての役目がもれなくついてくる。

 そんなわけで、幼い頃から他の竜から隔離されるように育てられる雌竜に会うためにはそれなりに力のある竜である必要がある。当然のように「それなりの力」なんてものを持っているのは上の方の一握りだけ。

 だから「危険」という訳なのだ、私の身が。

 表に出るようになれば成竜ほどでなくても力は充分であり、その一握りを除けば雌竜に敵うものはいない。その上雌竜の周りにはその一握りがいて、雌竜に害をなそうという不埒な輩は排除される。だけど幼い内は違う。障害がないから、力尽くで一方的に血を刻むことは出来る。血を刻むというのは本来婚姻のシルシとして交わされるものなんだけど、これが一方的だと服従のシルシとして抵抗が出来なくなる。

 それから身を守るために生み出されたのが、人間の守護者制度。人間の守護者がいるおかげで、もし不埒な輩に一方的に血を刻まれても破棄することが出来るとのこと。子育て以上に重要な役割がオンナノコの場合はあるって訳だ。

 だけど今の私はその誓約が不完全で、もし血を刻まれてしまった場合破棄することが出来ないと。

「ぷみぎゅー(訳:こりゃ大事だわ)」と、今更ながら現状を把握してため息と共に呟いた。




 座布団というよりクッションのような柔らかさのそれの上に降ろされ、アルドアさまの説明を聞く。

 要約すると、これから私たちはこの聖衣越しに騎士竜候補たちと面通しさせられ、直感で騎士竜を選ばなきゃならないとのこと。

「騎士竜? なにそれ、おいしいの?」なんてボケる隙もなく、話はさっきの続きから。

 人間というものは物理的には竜と比べ物にならないくらい脆く弱いもの。血を刻むことから雌竜を守れても、物理的に守ることは不可能。となれば必然的に竜からも守護者を立てる必要が出てくる。それが騎士竜。本来ならもう少し大きくなった頃に叙任するのだけど、今回は私のことがあって特別に卵から孵って直ぐの叙任となったという訳。

 不謹慎と承知の上で言おう。どんな素敵にーちゃんが私の騎士竜となるのか、胸がドキドキしてたりする。あのデリカシー皆無のバカでアホな輩には似ても似つかない、紳士的で聡明なイケメンを希望してる。聖竜の騎士竜になる年頃の丁度良いそれなりの雄竜は、それこそ、幼い頃から英才教育で育てられるという。だから期待度も最高潮。

「それでは次代の聖竜たちよ、これと思ったものを選ぶといい」

 アルドアさまのその声にあわせて、少し離れたところから幾つもの芳醇なかおりが生まれる。布越しでも判るそれらに、さすがに私もびっくりだ。

 確かアルドアさま、芳醇と感じるのはひとつだとか言ってなかったっけ?

 ひとぉつ、ふたぁつ…………あれー、いっぱいあるみたいなんだけどー。あっはははー。

 戸惑う私をよそに、離れたところから私の鳴き声に似たそれらが、「くるるきゅー」と甲高く響く。それの意味は聞き取れなかったけど、それが雌竜が雄竜を――恋人や伴侶を呼ぶ時のソレだとわかってしまった。

 本能、ってヤツかしら? だとするとつまり、そういうこと……ってことなのかしらん?

 リアル逆ハーレムは遠慮したいんだけどな。




「どうした? なぜ誰も選ばぬ?」

 布を被ったまま固まってる私をさすがに放って置けなかったのか、アルドアさまが声をかけてきた。

 その声に続いてエーテの心配そうな声も続く。

 …………あー、うん。よし。このまま現実逃避してても碌な未来は待ってないんだし、ここは腹を括るしかあるまい。女は度胸だ!

 呼びますよ? 呼んじゃいますよ? アルドアさま、責任とってくださいね。

 半ばやけくそ気味にそう宣言してからすぅと私は大きく息を吸い、ほかの子がしたように「くるるきゅー」と鳴いた。

 すると私の声に反応して近付いてくる気配がむっつ|。だけどさすがにほかの子の時のように意気揚々といった足音じゃなくて、戸惑うようなそれ。

 私がどうして戸惑ってたのかさすがに理解したらしいアルドアさまの盛大なため息が聞こえたかと思うと、私は乱暴に持ち上げられた。筋肉質なその腕はどう考えてもエーテのそれじゃない。

「ああ、もう! 仕方あるまい。

 ノーエ、コレは守護者騎士竜共に吾が預かろう。他の次代の聖竜らと一緒に育成することは適わん。前例がなさ過ぎる!」

 どうやら腕の主はアルドアさまだったらしく、苛立ちを隠さない声がより近くに聞こえた。

 出来ればエーテの柔らかな腕がいいな、ふにふにの胸もセットだし。

 思わず心の中でついた悪態が聞こえたかのように、頭を軽く小突かれた。なんか、ごべしって凄い音がしたんだけど!

「落ち着いて話が出来る場所に移るぞ。ついて来い」

 ざわめきの消えた中にその声はよく響き渡って、足早に歩き出したアルドアさまを引き止める声はなかった。

 うー、おでこが痛いよー。

 孵ったばかりのあかちゃん?に何してくれてんのよぉ、長竜がぁ。





     其の伍


 場所を応接室っぽい場所に移し、ついでに私もエーテの腕の中に戻った。

 ローテーブルの長い片側にはエーテとアルドアさまが座るひとり掛けの椅子、反対側には長椅子があってそこにふたりが座り三人が後ろに立っている。五者四様?な彼らだけど、共通して状況が理解出来ていないといった感じではある。

 っていうか、足りなくない?

「まずは通常であるなら騎士竜に選ばれたことに祝を述べるのだが、此度は素直に祝を述べてよいものかさすがに悩む。

 聡いそなたなら察しがついている事と思うが、此度の早期叙任は異界の御霊を宿した次代の聖竜がいたためであり、それがコレということだ」

 その彼らに同情の色を隠さずアルドアさまは言う。

 酷い言い分だとは思いっきり思ったけど、同情したい気持ちもわからないでもないからとりあえず黙っとく。

 だけどレディを「コレ」扱いはないと思うよ。

「異界の御霊を宿した者は総じてこの世界との結びつきが弱いために不安定であり、竜としての力を満足に使えない場合が多い。以前の聖竜にも同様の例があったため、知っていることと思う。

 が、コレはその比ではない。力が満足に使えぬという程度であればまだいい、コレは己の名すらわからぬ程異界の御霊にひかれておる。故にこの世界との結びつきを強化させるために早々に騎士竜を持たせることにした」

 だから「コレ、コレ」言わないで欲しいんだけど。

 恨みを込めた目でアルドアさまを睨むが、少し強引に頭を撫でられて――それで流された気がする。

 私、怒ってるんだけどな。

「コレの騎士竜となることに異論のあるものはいるか?」

 ついでとばかりに私の顔が彼らにむけられる。

 年齢に幅はあるものの美少年と言っていい年頃の男の子たちに見つめられたかと思うと、彼らは周りを見回しアルドアさまに視線を戻した。

「ございません。

 われらは騎士竜となれることを誇りと思います」

 ひとりが――知性派美少年といった感じの雰囲気の彼が、代表するように口を開いた。




「形式張った言葉を聞きたかったのではないのだがな。

 ――まあいい、お前らに覚悟があるなら吾がとやかく言うことでもあるまい」

 なにやら不穏な調子で言われた言葉に私が疑問を持つより先に、アルドアさまはその彼らに取り出した杯に血を垂らさせる。杯を一緒に出された儀式めいたナイフで彼らは指先を軽く切って、少しというには多い量を順に。

 杯が私の前に来た時には、鮮やかな赤が溢れんばかりに揺れていた。

 ……コレ、飲めとか言わないわよね? ありえそうで嫌なんだけど。

 ってか、竜の血の色も赤なのね。

「叙任の方法はわかるな」

 妙なところで関心してる私をよそにアルドアさまはエーテに問い、エーテはどこか緊張した面持ちで大きく頷いた。

 エーテはその薄桃色の瞳で私を見やって、それから安心させるように微笑んだ。……つもりなんだろうけど、緊張で引き攣った笑顔になってた。

「ぷるるぐー」

 リラックスしてけば大丈夫!

 落ち着かせるように言って……から気付いたけど、リラックスって通じるのかしら? 気にせず喋って意思の疎通が出来てたから通じるみたいだけど、うーん、イケメンみたいな造語は通じないとかかしら?

 今はどうでもいいことを考え出した私のおくるみが外される。

 すると現れた私に彼らが感嘆の息をつくのが聞こえた。そういえばアルドアさまも、始めて会ったとき褒めてくれてた気がする。もしかして、とてつもない美竜だったりするんだろうか?

 だったらちょっと嬉しいなー。

「――ここに血を捧げし者らを、騎士と任ずる。

 魂の名を呼び、刻め。

 守護者として彼らが騎士となることを認める」

 エーテがなにやら呟いていたかと思うと、濡れた指が触れるのがわかった。次いで――名前が頭に浮ぶ。

 その名前を、私は本能で呼んでいた。




 声として表記するのが難しいソレだったと、声にした本人である私が思うような声だった。だけどなんの不思議もない。そういうものなのだと、私は知っていた。

「……なんだかなぁ」

 騎士を叙任して魂をこっちに寄せただけでここまで色々と理解出来るようになるとは。これまで竜として私がいかに駄目駄目だったかが良く理解出来て悲しくなる。

 だからそんな呟きがもれたんだけど……。

「あれ?」

 声が声になってた。不思議に首を傾げれば、視界の隅で白い髪が揺れた。

「…………あれ?」

 普通人型になれるのって、もっと大人になってからじゃないっけ?

 答えを求めるようにエーテを見れば目を丸くして固まっていて、こりゃ駄目だとアルドアさまに視線を向ければ同じ様に驚いた顔をしてた。

 そのまま暫く見詰め合った後、アルドアさまは慌てた様に私に手を伸ばすとおくるみを私に被せた。

「どこまで規格外であれば気が済むのだ。吾の預かりにしておいて良かったと、これほど実感させられるとは思わなんだぞ。

 して、己の名はわかるか?」

「えーっと、はい」

 促されて名前名前と心の中で呟けば、それっぽい名が頭に浮ぶ。

「ならば早々に誓約を行え。

 これ以上は若いあれらには毒だ。誓約で抑えろ」

 意味がわかるような、わからないような。不思議に思いつつもさっさと誓約をしなきゃならないのは事実なので、エーテの膝の上に横座りになっていた体勢から伸びて頬に手をあてる。

「私は竜のアルアリリフィーネ。いにしえの誓いにのっとり、我が祖シュウィが成した命約を守りこの地に平穏を安寧をもたらすと誓うわ。傍にありなさい」

 なんだかエーテやおばばさまが言っていた内容と違う気もしたけど、頭に浮んだまま誓いを告げた。そして更に伸びて、エーテの額にキス。キスした場所がほんのり光ったと思えば、そこには〝私のもの〟というシルシが刻まれていた。ちょっとこそばゆい。

「エーテ、待たせてごめんね」

 謝ってぎゅっと抱きつけばエーテはやっと我に返ったようで、私のことを抱き返してくれた。


と、いう訳で名前を得たところで終り。

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― 新着の感想 ―
[一言] ストライクすぎる! 設定も文章の書き方もモロタイプです!! エーテ可愛いよ、エーテ(*´д`*) アルドアさま!アルドアさま!! 続編はないのでしょうか? 物凄く続きが読みたいです> …
[一言] 続き!続き下さい!
[一言] 面白かった。 続きを読んでみたいですね。 ……美幼女逆ハーもの?
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