勝負の行方
外は細いとのような雨。人気のない放課後の教室で三島郁は一人の男子生徒と向かい合っていた。
郁の前に座る男子生徒の端正な顔は緊張で強張り、対する郁は困惑が隠せない様子で彼の出方を窺っていた。男子生徒の名前は小坂十波。郁のクラスメイトであり、学校中の女性(教職員含む)から「可愛い~~~」「天使!」と呼ばれるほどのハニーフェースを持つ美少女のような美少年である。
彼は何度も郁に手を伸ばしては迷うようにさ迷わせやがて手を戻してしまう。迷う小坂はうるうると子犬のようでラブリーと評判の上目遣いで郁を見つめてくるため郁は内心、捨て犬を目の前にしたかのような錯覚と戦いつつ、そっと自分の手を差し出した。
小坂ははっと息を呑みやがて何かを決意したかのように郁に手を伸ばし、そして触れた。
覚悟を決めた小坂の目が郁と重なった。小坂はぐっと手に力を入れて………。
郁の持つ二枚のトランプの内の一枚を「えいや!」と引き抜いた。
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
己の手の中に残ったスペードの5のトランプを見つめながら郁は何故、私は放課後の教室でさして親しくもない小坂くんとババ抜きなどやっているのだろうかと自問自答しつつこの世を儚んだような声を上げ続ける小坂から正確にダイヤの5を抜いて通算13勝目をあげた。
「くっそ~~~!!また負けた!!」
手の中に残ったジョーカーを悔しそうににらみつけた小坂だったが素早くカードをかき集め、シャッフルすると再び配り始めてしまった。
「あの、小坂くん?私、そろそろ帰りた………」
「もう一勝負!!」
こんな感じで十三回連続ババ抜き。どうやら負けて終わるのが嫌ならしい小坂はずっと郁を引きとめトランプにつき合わせているのであった。
(最初は暇つぶしに付き合ってくれって話だったのに………)
目の前の少年はそんなことも忘れてトランプに夢中になっていた。
(どうしよう?一言、何か言ったほうがいい?でもなぁ………)
口に出したいが口を挟むひまがないぐらいに話しかけられるため郁は頷くことしかできずズルズルとババ抜きにつき合わされていた。
「あの、小坂くん?」
「黙って。オレ、今、悩み中……」
う~んう~んと悩みに悩んだ挙句彼は土壇場で見事にジョーカーを引き当て更に黒星を一つ増やした。
「小坂くん。私本当にもう、帰らないと………」
「待って!!後一回!一回だけでいいから付き合って!!」
「これで、最後だからね?」
うんうんと頷く小坂にため息をつきながら今度は郁がカードを切って配る。しばらく無言でカードを引き、ペアになったら場に捨てるが続いた。
残りが郁が一枚に小坂が二枚。郁が手を伸ばした所を計ったように小坂が口を開いた。
「ねぇ、三島さん。賭けをしない?」
「賭け?」
オウム返しに言葉を繰り返す郁に小坂はニコニコといつもの人当たり良い笑顔を浮かべていた。
「うん!この勝負の勝者の言うことを敗者はナンデモ一つだけきくっていうの。いい?いいよね?いいでしょ?」
怒涛のごとく捲くし立てられ迫力に押された郁は気づいたらコクコクと頷いてしまっていた。
「じゃ、決まり!」
小坂はとてもうれしそうにガッツポーズを決めた。
だが、彼は今まで連続14連敗中………そんな人間が自ら賭けを持ちかけて大丈夫なのか?
(小坂くんが将来賭け事にはまりませんように………)
思わず彼の将来にまで気にしてしまう郁だった小坂が笑顔でトランプを突きつけてきたので手を伸ばす。
手を右のトランプに向ければ笑顔。もう片方にやれば消沈。
本気で分かりや過ぎる。
彼はきっと隠し事ができない素直ないい子だ。
だけど勝負は勝負。変な賭けまで発生している以上郁は負けるつもりはない。容赦なく左のカードを引き抜いた。
「あが………」
「あがり」と言い掛けた郁はひっくり返したトランプの柄に目を丸くした。
「ジョーカー?」
そこに描かれた道化師に騙されたような気分の郁。
「三島さん」
そんな郁に小坂は笑った。今までの子供っぽい感情全開の笑顔じゃない。
大人びた………何かを含んだ微笑に郁の背冷たい悪寒が走る。
小坂の手が伸ばされる。
「カード、引かせて?」
郁は慌てて彼に見えないようにカードを混ぜ、そのまま差し出す。
「三島さん」
「な、なに?」
「ババ抜きで連続で14回も負けることって本当にあると思う?何の作意もなくただの偶然で」
カードの上で手をさ迷わせながら小坂はそんなことを言ってきた。
「小坂くん?」
実際14連敗したのは小坂だ。だけどそれが偶然ではないのだとしたら?
「どういう意味」
「さぁ、三島さんはどんな意味だと思う?」
謎めいた笑みを浮かべ逆に問われて郁は答えに窮した。
そんな彼女の戸惑いがおかしくて仕方がないのか小坂は軽く肩を震わせた。
「小坂くん!」
「ゴメンゴメン。でも、考えたらすぐにわかるよ。………オレが言いたいのはね」
小坂の指が一枚のカードに触れる。
「君はオレに負けるってこと」
まるで魔法のように郁の手から一枚のカードが消える。彼は自分の手の中の札を机の上にさらけ出し、そして口の端をあげて宣言した。
「オレの勝ち」
郁の手の中にはジョーカーが一枚。カードのジョーカーが浮かべる皮肉気な笑みと目の前の少年が浮かべた笑みはとてもよく似ているように思えた。