第2章 リギュン その3
「ざまあみやがれ、殺してやったぞ」と、自分の部屋のドアを開けながら、そう雨雄が言いながら部屋に入っていくと、それを聞きつけたビオーヴェが
「何ですって、どなたをお殺しになったんですか」と、その早くも無く、どちらかと言えばたどたどしい歩きのビオーヴェが、さも一大事だと言う体で、自分では急ぎ足のつもりで、部屋の中にある大小の箱を避けながら急いで寄って来た。
「お前、お殺しは無いだろう」と、思い出し笑いをかみ殺しながら、ビオーヴェに反論らしきものを、雨雄はした。
「今度は何をなさったのですか?」と、ビオーヴェが改めて聞きなおした。
「何、ちょっとカジャドまで行って、親父を殺して来てやったさ」
「おお!おお!お坊ちゃまは何という事を」と、ビオーヴェは思いっきり嘆き、そして、
「ああ!大変だ死刑になる、いやその前に裁判がある、ああその前に警察が来る」と、訳が分からない事を言い出した。
「お前、回路が狂ってきたのか」まだ含み笑いになりながら雨雄が言った。
雨雄はカジャドの骨董屋をあれから後まもなく出た。
幾らあの船を自分のものにした所で、動かす事はもとより、機体の中に入る事すら出来ないのではどうしようもなく、仮に自分の物にしてもいいが、あの機体を動かすキーを雨雄が知っていると、骨董屋の親父は言っていたが、雨雄にそれを聴いたところで、絶対答えないだろうなと、雨雄は思っていた。
いまいましくは思ったが、骨董屋のオヤジに言った自分のあの一言で、かなり気分を良くして、帰りのシャトルの中でも笑顔が絶えなかった。5,6歳位の男の子が雨雄に寄ってきた時、普段の雨雄ならいかめしい顔をして子供を威嚇し、追い払うのだが、そのときの雨雄は追い払うどころか、「ぼうずどこに行くんだい」と、頭さえ撫でながら話し掛けていたのだった。
きっとこの光景をビオーヴェが見たら、ビオーヴェのAI回路は本当に狂っていたかもしれなかったのだが…。
「まあ落ち着け、本当に殺して来たわけじゃないさ、骨董屋のオヤジに、織田晴雄はもう死んじまってこの世に居ないって、言ってやっただけさ。ところで例のディスクの内容は読めたのか?」と、雨雄ここまで言ってやっとビオーヴェは落ち着きを取り戻したが、
「それでは、警察の捜査などは無いんですね」と、なおも聞くので、
「そうだよ、死んじまったと言ってだけで、本当に殺したわけじゃないさ。お前、何をそうびくびくしてんだよ」
「坊ちゃまは時々とんでもない事を平気でおやりになるから、私としても気が気じゃありませんので」と、なおもビオーベはつづけた。
「悪かったよとんでもない事で、ところでさっきから聞いてるんだが、ディスクの方はどうなったんだよ?」と、雨雄が再度聞くと、
「再生の方は出来るようになりました、ただディスクの方は、すでにお父様が持っていかれてここにありません」
「なんだって親父のやつ、もう見つけて持って行きやがったか」と、今にも足元にある箱をけとばそうとしたので、大慌てでビオーベがそれを制して、
「おやめください!この箱の中にはガラスの菅が一杯入っています。前面には剥き出しになった菅もあります、それが割れると大怪我なさいます」と、むこう向きになっていたその箱をこちらに向きを変え、正面を見せながらそう言った。
その箱は前面が丸くくりにかれていて、そこにフラスコの底をこちらに見せるような恰好のガラス管がはめられていた。また箱の中には直径数センチの薄いガラス管が基盤に差し込まれていて、中に電極がありその一部が光っていた。
雨雄が部屋の中を眺め回すと、他に箱が大小4つ置いてあり、他にキーボードがひとつあった。そのどれも古めかしい物ばかりで、思わずお雨雄が「お前、骨董屋でも始めるのか」と、言ったほどだった。
フラスコの底、いわゆるブラウン管ですねぇ。
今では、液晶がPCモニターの主流になっていますが、この小説を書いた頃はブラウン管のモニターが主流だったんです。
あしからず。