第2章 リギュン その1
「おい!ビオーヴェ、これ何だかわかるか?」、と言って、先ほどから持て余すかの様に手で回している、晴雄の部屋から持ってきたケースに入った金色のディスクを、自分の部屋の椅子に掛けながら見せた。
ケースに入ったその金色のディスクは直径およそ8cmで、透明樹脂製ディスクの片面に金色の塗装幕のようなものが塗られており、塗られている側の表面にはなにやらどこかの古代の文字が書かれていて、裏から見ると塗装膜が樹脂を通し金色にきらきらと輝いて見えた。
雨雄が手で回すその様子は、晴雄と雨雄、両方を知っているものが見ると、さすが親子だな、と失笑するだろう、そのくらい同じスピード、同じ指でまわしていた。
しかしそう聞かれ今まで笑いもせず、人間の骨格標本よろしく、上からまっすぐ吊るされてるかのように、じっと雨雄の横に立っていたビオーベが覗き込んできた。
「しばらく待ってください」、ビオーヴェは自分のメモリィの中をサーチし始めた。
ビオーヴェの記憶装置はシリコンのメモリィのみで、衝撃に弱いと言う理由から、回転ディスクを利用した方法は採用されなかったのである。
しかし記憶容量は、人間をはるかに越えるものだったが、やはり物には限界と言うものがあり、容量を越えた分については外部にバックアップを取るか、ビオーヴェのAI回路によって不要とされる記憶(記録)については、削除されていっていった。
ビオーヴェそのものは、地球人類が宇宙に出るはるか前、いまだ銀河の覇権争いが混沌としていた頃に作られており、その記憶(記録)はもはやメモリィに収まりきるものではなかった。そんなビオーヴェのメモリィ中にこのディスクに関し、幸い少しだけ記憶(記録)が残っていた。
「それは私の記憶では、今からおよそ1200年くらい前、あなた方の先祖が地球で使っていたものだと思われます」
「ほう、お前にこれが何か判るのか」
「完全ではありません、そのディスクの名称とおおまかな使い道くらいです」
右手の人差し指と中指ではさむようにケースを持ち、「で、これは何なんだ?」と、ビオーヴェの目の前にかざした。
のぞきこんでいたビオーヴェが背筋を伸ばし、また骨格標本みたいにまっすぐ立ちなおし、
「それは、デジタルビデオの記録媒体で、通称DVDと呼ばれていた物です。主に映像を記録するためのものでした」
「なんだそれだけか、もっと詳しい事は判らないのか?」ちょっと雨雄がいらついて聞くと、
「記録するのは専用レコーダーで行われていたようで、レーザーで読み書きされていたようです、残念ながら地球でもこの記憶媒体はすぐに使われなくなり、今では何が記録されていたか、読み取る事は難しいでしょう」
「そうか、ところでこれは何とかいてあるんだ?」ディスクに直接書かれている文字を、指し示しながら雨雄は聞いた。
「ディスクの内容を今読めと言われると無理ですが、その表面に書かれていることなら私の仕事領域ですから簡単ですよ」
ビオーヴェがさも得意げに言ったので、雨雄は、
「なんだって、じゃあさっきからお前はここになんて書いてあるのか判っていたんだな、今回はなぜ黙っていやがったんだ、いつもは俺が黙れと言うまで雄弁に喋りまくるじゃないか」
「それは坊ちゃまが何かについて聞かれると説明はしますけど、聞かれても無いのにペラペラとお喋りをすると、それこそお喋りなロボットと言われるのは必然で…」と、
止まらなくなりそうになってきたので雨雄が、「わかった、わかった、だから今聞いてんだよ、さっさと読んで見せろよ」
「それはですね、そのディスクが作られ頃、地球にあった「日本」という国の言語で書かれていて、「未来の子孫に告ぐ」と、読めます」と、ちょっとビオーヴェがもったいぶっていった。
「それは俺たちにって事かな」と、独り事のように雨雄が言って、後を続けた。
「お前、中身を読むのは難しいと、言ったよな、読めない訳じゃあ無いんだな」
「そうですね、レコーダーをレプリケートすれば何とかなると、思います」
「よしそれじゃあ、お前そのレコーダーってのを作ってくれ、俺はちょっとカジャド星まで出かけるからな、それまでに何とか読めるようにしといてくれ」と、雨雄は言い、そそくさと出かける準備をし始めた。
「めんどうな事は人に全部押し付けて、自分はいつも気ままにするのですから、で、今日は何しに行くのですか?」どっちが主人だか分からない様な言い方をビオーヴェがした。
「決まってるだろうが、船を捜しに行くんだよ」と、面白くなさそうに言った。
「でも、船がもう無いのにどうやってあの星まで行くのですか?」
「世の中には定期便ってのもあるだろうが」
「それもそうですね」と、ビオーヴェが納得したが、
「レコーダをレプリケートするのはいいのですが、レプリケートしようにも現物か、その設計図が無ければ無理ですよ」と、雨雄には適切な返答を期待はしていなかったが、とりあえず聞いてみた。
しかし雨雄は、「お前の方が詳しいんだろ、どっかで調べて見ろよ、国立図書館とかさ、何でもあるだろう」と、雨雄としては、わりとまともな返事が返ってきた。
「なるほど、そう言う所もありましたか」と、ビオーベは納得し、家のコンピューターにネットワーク通信をはじめるべく、コンピューターに命じた。
ここ50年位前から、全銀河中のコンピューターをネットワークでつなぐ事が出来る様に、各星域の大きなアカデミーが中心になって進めてきたが、USGは反政府テロリスト達の恰好な暗号通信手段として、使われると言う意見がUSG議会の中に根強くあり、議会からは反対されていた。
しかし、それが40年前突然、隣の銀河の国家である、ASGU(アンドロメダ銀河連邦)からの攻撃を受けた時、彼らは攻撃の常とう手段として、まずUSGの通信施設を破壊していった。
既にその頃までには、各星域間のコンピューターネットは、USGの通信施設と、はまったく別の独立した通信回線を使っていて、その事まではASGUに、感知されていなかったので、ネットワ-クはまったく無傷であった。
USGの通信は断絶されたものの、アカデミー間のネットワークにより急襲を受けたことを、銀河中に警告でき、最悪の場合USGそのものの存続に関わるくらいの、被害を受けていたかもしれない攻撃を、大きなダメージを負わずに撃退でき、ASGUを撤退させる事が出来た。
その事件があってからは、USG政府がネットワーク構築の支援にまわり、ネットワーク技術も急速に進み、回線もワーム通信回路を専用に使えるようになり、今日では天の川銀河中のほとんどのコンピューターが、リアルタイムでつながれる様になっていた。
今では、第三宇宙域のイコムス星に居ながらにして、第一宇宙域にある、地球の博物館のコンピューターデータにアクセスできるのだ。
「ネットワークログオン完了」と、自宅のコンピューターが金属製の声で告げてきたのは、雨雄が部屋を出て行った後だった
東北関東大震災でもコンピューターネットワークが、通信手段の一つとして活躍してますね。
現在では、主に電話回線がメインなので電話線が寸断されるとネットワークも死んでしまいますね。
JAXAが遅まきながら、ネットワークの支援に入った事を聞きました。
何はともあれ、被災された方々の安全と健康をお祈りいたします。