第1章 古文書 その2
雨雄の船は、イコムスから一光年も離れていたが、一時間足らずで自宅の駐機場の上に鎮座していた。
「お前、船の整備しといてくれ」と、ビオーヴェに言い終わるか終わらないうちに雨雄はそそくさと船を降り、地下にある自宅のほうに降りていった。
取り残されたビオーヴェは、「はい、わかりました…、自分の船なんですから少しは自分で整備しようとはなさらないんですかね、まったく!」などと、小言を言っては見たが、既に雨雄はそこに居なかった。仕方なく機関員席から立上りかけていたのを、また席に着き直し、マニュアルを自分のメモリィに呼び出し、手順どおり機器の点検に入った。
さぞ中は凄惨な状況だろうなと思いつつ、自宅のドアを開けた雨雄だったのだが、居間に入って見ると、既に部屋中はきれいに片付けられていた。入っていくと通信をくれた上の義姉である、ウエスダーが寄って来て、
「ウフフフ、面白かったわよ。あーちゃんにも見せてあげたかったわ。」と、言ってウィンクして見せた。
彼女は女性でも小柄で、目は切れ長で整った顔をしていて、もし雨雄が年上で他人同士ならば、おそらく何も迷うことなく、彼女を愛しプロポーズしていただろ。しかし今は彼女のそばに居られるだけで良いと思っている、彼女を愛していない訳ではなく、姉弟として愛しているのだ。
先ほどの儀姉の言葉に、ちょっと雨雄がいぶかしげな顔をすると、
「今回はね、私がテーブルをぶっ壊してやったのよ」と、「ウフフフ」と、再び笑って右手でピースサインをして見せた。
小柄な彼女が、そこまでやるとはあまり想像できなかったが、事実、今朝まで居間の真ん中にあった小ぶりのテーブルが消えうせていた。
そう言えば10年前にも、我が家のテーブルが使用不可能になったことがあった、その時、父晴雄は、姉達が晴雄の言う事を無視するので、父親としての権威回復の為への威嚇の為に、これでもかと言う位テーブルを蹴り、挙句テーブルは原形をとどめないくらい破壊されたのだが、今回はそれを儀姉がやってのけたと言う。
「10年前あれをやられた時、怖かったからね、だから今回、それを私が実演して見せただけよ。」と、こともなげに言ってのけた。
「しかし、何が原因だったんだ?」雨雄が聞くと、
「同居人がさ、ホログラムビジョンを見たかったらしいのに、私が同じ部屋の中でネット通信をしてるのが目障りだったみたいで、突っかかってきたの、はじめのうちは、私も無視してたんだけど、しつこくてうるさいもんだから、チラッと10年前された事をふと思い出して、テーブル蹴っ飛ばしてやったの、そしたら妙に気持ちがスカッとして良かったもんだから、こうなったら徹底的にぶち壊してやろうって気になっちゃって、気が付いたらテーブルは原形をとどめて無かったわ」と、半ば笑いが噴出しそうになるのを押えながら話した。
義姉は未だ親父のことを、同居人と呼んでいる、10年来、父親として認めていないのである。
「それにしても片付けるの早かったね」と、雨雄が言うと、
「それはね、まだ続きがあるのよ、私がテーブルを壊し終わるまで、同居人はあっけに取られて見ていたけど、テーブルがばらばらになった頃、我に変えちゃって、お母さんを呼びつけて『見て見ろお前の娘がした事を、』なんてお母さんに訴えていたけど、お母さんも状況を聞いて、同居人が幾ら説明しても『あなたに筋の通る所は無いわ、』と、言われてふてくされてどっか行っちゃってね、それで結局お母さんも手伝ってくれて、二人で片付けしたから早かったの」と、今度は満足そうに笑顔で言った。そこに血相を変えたビオーベが、どたばたと家の中に入ってきた。
「なんだ、ロボットでもあたふたしていると血相が変わって見えるものだな」おかしそうな顔で、雨雄がビオーヴェに言うと、ビオーベの丸い節穴のみたいにしか見えない目が、今度はキリリとしたかに見える、そんなふうに思えるような態度で、
「私はそんじょそこらのロボットとは出来が違いいますからね!」と、きっぱりした口調で胸をはって見せた。しかしビオーヴェは、顔色の変わるはずの無いロボットなのである
ここでその様子を見ていた義姉が、思い出したようにこう口をはさんできた。
「ああ、それからね、同居人が家を出るときに、『これで雨雄も飛んで帰るかな?』なんて一人言、言ってわよ、また何かあんたやらかしたの?」と言いながら、ビオーベ方に右の手の指を前後にひらひらさせ、挨拶しながら自分の部屋のほうに行ってしまった。
「ところでビオーベ、何なんだ慌てていたようだが…」そう聞くと、
「あ!そうです、忘れていました、船を時空局の方々が持って行くと言って、今上で準備されてますよ」
「なんだって、どういうことだ」
ビオーベの話を聞いてみると、ビオーヴェが船の点検に入ってしばらくすると、時空局の職員と名乗る人間が、船に入ってきて、
「この機体を押収します、直ちに引き渡しこの機体より出てください」と、押収の為の証明書をちらつかされたので、ビオーヴェは主人の命令の次に、法律には従順に作られていたので、さっさと船を降り、雨雄に報告に来たのだ。
雄雨は、もう自分の船は居ないだろうな、と、思いつつも、駐機場に上がってみると、船は時空局の船からの牽引ビームによって、空中に浮き上がったばかりの所で、駐機場には、まだ時空局の職員が残っていた。その職員に雨雄が
「何処に持っていくんだい?」と、聞くと
「この機体は『押収後すぐに破壊しろ』と、命令されています」
「なんだって、だれがそんな命令を…」言いかけたが雨雄は、ここで父親の策略にはまった事に気がついた。
「親父だな?」と、職員に聞くと、案の定、
「そうです、局長命令です」、雨雄と局長が親子である事知っていたその職員は、事務的にさらりと言ってのけた。かえって何かの感情を出して言えば、自分にとばっちりが来る恐れがあったからだ。