第8章 奇病 その3
今度はそこにいた晴雄やウエスダーも何言っているのだろうと、いっせいにドクターのほうを見た。
「何寝ぼけたこと言ってんだよ、本人のDNAが本人のDNAと一緒だなんて当然じゃないか、なにせ本人のDNAだものな」と、雨雄も訳の判らない事を口走った。
「あぁ、すみません私もちょっと信じられなくて、頭が混乱していまして、ちょっと言葉が足りませんでした。
ただ今、過去の似たような症例を検索するため、無作為にコンピューターにあるDNAのデータと照合していまして、まずはこの星の方々から検索していたのです。
すると奥様と、なくなられた、たしかルインダさんておっしゃいましたかね、前の奥様の名前?」と、言って晴雄の方を見ると、「ああ、そうだ、ルインダだ」と、晴雄がかぶりを振りうなずいた。
「そのルインダさんと、美奈代さんとのDNAがまったく、といっても現在異常な部分は除いてですが、すべて一致すると言う結果が出たのです」と、ドクターが言った。
「そんなばかな」と、雨雄が言い、「母さんは30年前俺が生まれてすぐ、ASGUの汚い民間船に対する奇襲攻撃の為に死んだはずだ」と、続けた。
「正確には、行方不明者の一人だ、だが宇宙空間で行方不明とは、それはすなわち死んだと言う事を意味しているのだがな」と、晴雄が当時の事を想い出だしたのか、肩を小刻みに震わせ、涙声になってそう言った。
「そうでしたよね、あのアコーニィ号事件で奥さんは行方不明になられたはずで、生存はあの状況で絶望視されていますよね」と、ドクターが言った時、船の名前が出たところでウエスダーが「え!」っと、いう顔をした。
ウエスダーは今まで晴雄の前妻、つまり雨雄の実母であるルインダが事故で亡くなった事を聞いていたが、その時の詳しい話を聞いた事が無く、アコーニィ号と関わっていた事を知らなかった。
ウエスダーは驚いた。それは晴雄も当時有名になった、この事件に関わっていたと言う事についてだった。
ウエスダーもこの事件に関して、二名の行方不明者が居ることを知ってはいたが、実の父であるあつしが先にガジャドに行くといってアコーニー号に乗り込み、あつしもまた行方不明になっていたからだ。
ウエスダーにとって、とても忘れられない船の名前が思わぬところから出てきたのも驚きだった
。
ウエスダーは今朝の春雄の顔を見てから、なぜか妙な胸騒ぎがするのを覚えていた。
それは悪い知らせの時の胸騒ぎではなく、何か重大な事が起こりそうな、または何か大変な事が分かりそうな、そんな予感みたいな胸騒ぎであった。
美奈代が倒れその事に対してもちろん不安ではあるが、それとは別な何か良い事が起こるんじゃあないのかと、希望を持てるようなほんの些細な胸騒ぎといいたら良いだろうか。
ただそれが自分では事態をコントロールできない、大きな流れのように感じていた。
その胸騒ぎがこの事だったのか、ウエスダーは思ったが、この位の出来事では無い様に思えた。実際胸騒ぎが消えることは無かった。
そんなウエスダーや、ほかの者の考えなど気にもせずドクターは、
「まだコンピューターのデータエラーと、言うことも考えられるのですが、詳細は私も把握していません。今は症例の検索と言うことで、DNAそのものの検索や照合でも無いので、コンピューターも一致しましたと、言うことだけ報告してきただけなのです」
ドクターはそれだけ言うと、首を横に振りながら病室を出て行こうとしたが、雨雄が引きとめた。
「そのDNAのチェックは詳しくするのですか」と、聞くとドクターは、「メインの治療に関係ないので、今は特にしませんが、ご希望とあればしておきましょうか」と、三人の内のだれに聞くまでも無く聞いた。
「そうですね、出来ればチェックしておいて下さい」と、春雄が特に強調するでもなく弱々しい声でドクターに頼んだ。
「分かりました、チェックしておきましょう」と、短く答え、ドクターは小さく三人に会釈をし、病室を出て行った。
病室に残された三人は、それぞれがそれぞれに色々な事を考えていて、寝ている美奈代の傍らに、ただ黙ったまま立っていた。