第8章 奇病 その2
病室に入ってきて、何かもの言いた気に、雨雄も春雄の顔をチラチラと見ていた。
病室に入ってきた雨雄の方をドクターはちらりと見たが、特に雨雄の方を見る事もなく重そうに言葉を続けた。
「美奈代さんの病気に関して、現在も色々と調べていますが、今分かっている事はDNAの塩基配列の崩壊による、多臓器の機能不全だと思われます。
しかし現在の医学をもってしても、崩壊そのものを止める手立てはありません」そこで一息入れ、こう続けた。
「この星に来られた時の、DNAには特に以上はありませんでしたが、今はまだはっきりした事は言えませんが、どうもこちらに来られた時のDNAには、すでに今の崩壊の兆候が現れていた様に思われます」
「それがなぜ今になって…、あっ、いや、なぜ、その時あなた方は気がつかなかったのですか?」と、ウエスダーが聞くと、
「当時私が美奈代さんのDNA検体を得る為に、美奈代さんの血液からサンプルを取り調べましたが、その時の崩壊は私の所見では長い宇宙旅行をしてきて、その間の宇宙中子線による、塩基配列のちょっとした配列崩壊だろうと判断しました。
特に生活に異常をきたすほど、深刻なものではないだろうと思っていました。事実、この30年近く美奈代さんのDNAは、つい1月前の検査でもイコムス星に来られた当時と、ほとんど変わりありませんでした」と、ドクターが言ったところで、ウエスダーが
「治療は、今のところ無いの?」と、聞いた。
「残念ながら、今の所、原因が分からないので、残念ながら打つ手は何もありません。まずは原因究明からはじめないと・・・」と、ドクターは首を横に振りながら言葉を途中で濁しながら、両腕を広げて見せた。
「ただ、今判っているのは、これは病気ではないだろう。と、言う事が判りかけています。
何か爆弾の光線の被爆か、又はDNAを破壊することを目的とされた光線に浴びたのか、分子レベルでのチェックで判りかけてきています。」
「そこまで判っているのなら、その逆の治療をすりゃあ良いじゃないか」と、ここまで黙って聞いていた雨雄が口を挟んだ。
「その光線、電磁波の一種でしょうが、それがどんな物かわからないし、その効果の逆の治療法が見つかるか、まだ未知数なのです」と、ドクターは雨雄の言葉を一蹴した。
「私としても、全力を尽くしますが、今の段階で私としては美奈代さんを、冷凍カプセルに入れ、完全に生体機能を止め、現在のDNA崩壊を、現在の時点でストップさせて置きたいと思っています。
そこで晴雄さんの同意をいただきたいのですが、いかがでしょうか」と、続けた。
「今は、そんな事しか出来ないのか…」と、晴雄は絶句した。
ウエスダーも「ほかに良い手は無いの?」と、ドクターに詰めよ寄ったが、「残念ながらありません」と、ドクターはまたしても、首を横に振りながら言った。
「それで、どの位眠っていたら良いのでしょう、美奈代は…」と、晴雄が聞くと、ドクターは、「今の所、まったく見当が付きません」と、ドクター自身も自分のふがいなさに、悔しそうに言った。
結局、晴雄は、美奈代を冷凍カプセルに入れる事にしぶしぶ同意した。
ドクターは「全力を尽くし、一刻も早く治療法を見つける努力をします」と、言って、美奈代を病室からカプセルに入れる準備をする為、病室を出て行こうとしたが、
「おっと、もう一つ皆さんにお話があるのですが…」と、今度は困惑したような顔をして「これは今ここで話して良いものかどうか、正直私は迷っています」と、ぼそぼそと話したくなさそうに、話し始めた。
「実は奥さんのDNAの事なのですが、…」と、そこで言葉を切ると、雨雄が「異常があるんだろ?それは今聞いたばかりだぜ」と、ちょっと茶化したが、ドクターはあまり茶化されたことを気にせずこう続けた。
「そのぉ、奥さんのDNAと一緒なんですよ」と、ドクターは言った。