第8章 奇病 その1
美奈代が倒れ、急ぎガジャドにいた雨雄たちに連絡した時、今までのウエスダーなら晴雄の顔を見た途端、
いつも母親を大事にしないだらしの無い酔っ払いの義父に、傍にいながらにして不可抗力とは言いながらも、怪我をさせたのだから、当然、非難罵倒の言葉の嵐がウエスダーの気が済むまで、曝されていただろう。
しかし、今日は少しウエスダーの様子が違っていた。
ウエスダーは朝の知らせの時に晴雄の顔を見た時以来、ずっと何かを、思い出そうとするかのように、晴雄を責める事も忘れていた。
病室で寝さされている母、美奈代の顔をちょっと見ただけで、美奈代の容態を気にしながらも、時々晴雄の顔を横目でチラチラと見ていた。
その日、晴雄はこの30年絶やした事が無い飲酒の習慣もせず、珍しくシラフだった。
今朝は起掛けに一度は酒を飲もうと、酒瓶に手をやりコップに注ごうとしたが、何か不思議な感覚に襲われた。
人は時として虫が知らせる、と、言うものがあるそうで、この時、晴雄が感じたのはそれだったのではないだろうか。
とにかく、30年間欠かした事がない飲酒の習慣をしなかったのである。
そのおかげで、いつもたるんでいた顔や、うつろな目が完全に影をひそめ、もともとの端整な顔立ちであった晴雄の顔が精悍な顔になっていた。
だが、晴雄にとっては何時も娘から、小言を言われ慣れているということもあり、かえってウエスダーから何の叱責の言葉が無い事の方が、気味が悪くヒヤヒヤしていた。
そこにその場の気まずいフインキから引き離してくれるかのように、時空管理局から春雄に緊急連絡があった。
春雄は「ちょっとすまん。事務所に連絡してくる」と、言ってせかせかと行動して、いそいそしたそぶりを見せない様、病室をいったん出て行った。
程なく病室に帰ってきたが、春雄は何かしら腑に落ちないなと、言う顔をして帰ってきたのだった。
ウエスダーが、病室に到着して1時間くらいたった頃、美奈代の長年の主治医である、担当のドクターというのが現れ、何かしら言いにくそうに、こう切り出した。
「私は長い間、美奈代さんの主治医を勤めてきましたが…」と、言いかけ、ちょっと後の言葉を言いにくそうに、言葉を切った。
「はい、そうですね、このイコムス星に、母が来てからずっとドクターに診て貰っていますね。それが何か」と、ウエスダーも何か重大な発表でもあるのだろうかと、顔をちょっと曇らせながら、そう答えた。
その時、音もなく「スッ」っと、ドアが開き、先ほどまで過去に行っていた事など、微塵も感じさせような、雨雄がやっと病室に到着したのだ。