第4章 浮上 その1
「リギュン開けておくれ」と、再びビオーヴェが言った。
リギュンは「その要求は今受け付けられません」と、先ほどまでの金属音めいた音声ではなく、角の取れたやわらかい女性の声で応答があった。
これは先ほどまでの起動コンピューターから変わった、メインコンピュータの声であった。
そしてその言葉どおりハッチは開かれなかった。
「どうしてハッチが開かないんだ」と、雨雄が今にも食い付きそうな顔で、ビオーヴェに噛み付いた。
「分かりません」とビオーヴェが答えると、もう我慢ならんと言う顔になり暴れ始めた。
暴れるといっても船の廻りには当る様な恰好な物がなく、せいぜい腕を振り回す位であった。ウエスダーもそれを見て、雨雄の気持ちが分かるので、何も言わずダダっ子がダダをこねているのを、笑って見ている寛容な親のように笑って見ていた。
骨董屋のオヤジも大きく左右に腕を広げて上げて、首を左右に軽く振り事務所のほうに向きを変え歩き出した。
そして「ヤレヤレ、やっとここからこいつが居なくなってくれるかと思ったんだけどな。
今度はエンジンがかかったままここに居座るのか」と、ぼやいていた。
まだ雨雄が悪態を吐いているその最中、ビオーヴェはしばらく黙っていた。
リンクの回復したリギュンと通信をしていたのだ、それはほんの数秒間だった。
そしてビオーヴェが「今、リギュンと…」と、言いかけたその時、雨雄が「畜生なんだって開かないんだ、このポンコツやろう、早くここを開けやがれ」と、言い、ハッチの近くをゴンと、ゲンコツで殴ったその時、
「プシュ」と、音がしてハッチが静かに開き始めた。
一番驚いたのは雨雄だった、「開けやがれ」と叫んだとたん、ハッチが突然開開いたものだから「オッ」と言って2,3歩後ずさりし、思わずファイティングポーズを取ったほどだった。
あとからウエスダーに「やるかこの野郎!」と言わなかっただけましねと、からかわれるほど動揺しているのが、他の者が見ても分かるほどだった。
ハッチが開ききり、ビオーヴェはさっさとリギュンの中に乗り込んでいったが、雨雄は物珍しそうにきょろきょろと見回しながら、ビオーヴェに
「このハッチは何だってこんなにでかいんだ、人が乗るだけだったらこれの半分で十分だろ」と言った。
「この船はもともと密輸品を運ぶ貨物船として作られたんです。そのために大きな物も簡単に積み込む事が出来るようにと、このようにハッチが広く作られています」と、ビオーヴェが答えた。
「ところでハッチが開く前に、『今リギュンが・・・』と言いかけたよな。何が言いたかったんだ?」と、再びビオーヴェに聞くと、
「先ほどリギュンがあなたを、正式な私の主人と認めた事をお伝えする所でした」と言い、事の仔細を説明した。
まずビオーヴェが雨雄の所に行くまでの経緯はともかくも、今現在、正規の手続きによって雨雄の持ち物である事をリギュンに伝えた事、そのうえで、この船のキーである私の正式な主人である、雨雄がこの船を操作できると言う権利が許可された事を伝えた。
「なっ、なんだって、もう少し分かりやすく説明しろよ、正式な主人だとか、権利がどうとか、もっと分かりやすく説明しろよ」と、雨雄が困惑したような顔でビオーヴェのほうを見た。
「簡単に言うと、私の主人である坊ちゃんが、この船を動かす事が出来ますよ。と、言う事です」とビオーヴェがさらりと簡単に説明した。
「ですから、坊ちゃんが『開けろ』って、おっしゃったので、リギュンがその声に反応してハッチが開いたと言う訳です」と、続けた。
「なんだそういう事だったのか」と、納得してポツリと雨雄がつぶやいた。