第3章 母 その3
ドタッ、ゴンと続けざまに人の倒れる音と、頭を壁にぶつかる鈍い音がした。
珍しく酒も飲まず、朝から一緒に食事をしていた晴雄は、慌てて椅子から立ち上がり、壁に頭をぶつけ倒れこんだ妻、美奈代のもとに駆け寄った。
今朝は晴雄とウエスダーが出かけて2人だけで食事を取っていた。
美奈代が食事中調味料をとってくると言って、立ち上がりキッチンの方に行きかけた時、テーブルの足にちょっと自分の足をかけてしまい、転んでしまったのだった。
もしウエスダーがこの様子を見ていたら、きっと晴雄が美奈代を突き飛ばしたものとみて、状況も聞かず激しく晴雄を叱責していただろう、しかし幸いにも二人だけだったのでその体を引き裂かんばかりの叱責の嵐は、今日は無かった。
「おい、美奈代大丈夫か」と晴雄が引き起こすと、
もうろうとした意識の中で美奈代は、「あら、あなた、美奈代って誰の事、あなたは浮気でもしているのかしら?私はルインダよ…」と言って、気を失ってしまった。
晴雄は一瞬頭の中が混乱した、教えた事もまた二人の間で話題にした事も無いのに、何故美奈代は前妻の名前を知っているのだろうかと。
だがそれは一瞬の事で、酒を飲んでいない今日の晴雄は、その後の判断を間違わず、みると美奈代のけがは大した事が無い様に見えた。
しかし、今は美奈代を病院まで連れて行って手当てを受けさせなければいけないと思い、家庭のコンピューターに救急隊員の出動を要請する様命じた。
病院に着き晴雄はカジャドにいる雨雄たちと連絡を取り、それほどたいした事は無いと思うが、できれば帰ってくるよう伝えた。
そのとき雨雄と一緒に画面に映っていたウエスダーが、一瞬画面に映っている晴雄の顔を見て、少し驚き、戸惑いながら晴雄に、あなたが居るのに何て事になるのよ、とののしった後、当然帰るわよと、言った。
そのとき、いつも飲んだっくれている晴雄にしては珍しく、しらふの顔で別人のような顔をしていた。しかしウエスダーが驚いたのは飲んでいない事ではなく、ある人物、それはウエスダーの実の父親に顔がそっくりだったことに、今、自分が気が付いた事に驚いたのだ。
ウエスダーの実父は母と40ちかく年が違っていた。
ウエスダーが生まれたときすでに父は60を越していて、父が歳を取ってからの子であった為、えらくかわいがられて居た。
そんなかわいがってくれていた父と、この忌まわしい同居人とがそっくりだった事が分かり、その事に今まで気がつかなかった事にも、ひどく動揺したのだった。
連絡を取り終った後、しばらくすると晴雄のもとにドクターが来た。
「先ほど、奥さんの出身地ペリタン星の病院から、奥さんの病歴を問い合わせしました」
「家内の様態は、過去の病歴を調べなければいけないほど、そんなに重いのですか」と晴雄は驚き聞き返した。単純に転んだ際に頭を打って、脳震盪ぐらいに思っていた晴雄は、少し不安を覚え、倒れた際の美奈代の言葉を思い出していた。
「いえ、ただ、ちょっと気になる事があったので調べて見ました。
しかし今は今回の事故とは別のことでお話があります」と、そのドクターはこのことについて、言って良いものかどうか迷っている風なので、
「何を聞いても驚きません、おしゃって下さい」
「先ほど奥様は意識を取り戻されたのですが、ご自分の名前は美奈代ではなく、ルインダだとおしゃってます。
そして歳は20才なのにこの40年の生活も覚えがある、とおっしゃっています。今かなり、ご自分でも混乱されています」
ドクターの話は続き、ペリタンの病院での記録によると美奈代はASGUによる激しい攻撃のさなか、民間機から負傷者が居るので転送しますと言う連絡後、緊急転送されてきた患者で、すでに意識はなく非常に危険な状態であったらしい事。
その後からだの方は奇跡的にも回復はしたものの、記憶の方はまったくなくなっていた事、更に悪い事に緊急転送してきた民間機の消息がその後つかめず、身元の確認が出来ないままになってしまったという事が分かったのである。
晴雄にとって皆今はじめて聞かされる事ばかりであった。
そして更にドクターから驚くべき事実を晴雄はそのとき聞いたのだ。
それは、この病院に過去残っていた昔の晴雄の妻であるルインダのDNAのデータと、美奈代のDNAデータが、今回倒れた要因になった部分以外全て一致したと言うことだった。
そしてドクターは最後に言った言葉は、
「美奈代さんと、ルインダさんはどう見ても同一人物と言わざるをえませんね」と言う思わぬ言葉だった。