第3章 母 その2
「なんだよ、まったく、えらく手間の要るこったな」と、雨雄はそれを聞いてあきれた。
「ハイ、普通ならここで内部に残っているエネルギィを使いハッチを開ける事が出来るのですが、先ほども申し上げたように、完全にエネルギーが0だったものですから、まったくの初期の状態から始めなければなりません」
「なるほどね、それで、次はどうするんだ」と、雨雄が聞いた。
今度は機体の四隅に、先ほどのようなレバーより一回り大きいレバーが入ったハッチが4ヶ所あるので、それを引けとビオーヴェが言った。
ビオーヴェ以外三人がそれぞれ隅に散らばって見ると、それぞれハッチがありその中にレバーがあった。雨雄と骨董屋のオヤジは先ほどの雨雄が引いたレバーより重かったが、難なくレバーを引けたが、ウエスダーは小柄で女性と言うこともあり、引くことはままならなかった。
「お嬢様の所は結構です、2ヶ所充電すれば行けますから」と、ビオーヴェがウエスダーに言った。
雨雄と骨董屋のオヤジは先ほど雨雄が引いた回数と同じく三度目でランプが緑色になったので、それぞれ「グリーンOK!」と、その場で叫んだ。実際は疲れてその場から暫らく動けなかった。
その言葉が終ると同時に、リギュンが発電用ジェットエンジン始動のための警告を、スピーカーから流した。
「発電用ジェットエンジンを起動します。」渇いた女性の声を模したような声が聞こえてきた。そして雨雄たち機体の下に居たので見えなかったが、機体上部の前後の一部が二ヶ所開いた。一ヶ所は空気取り入れ口、また一ヶ所は排気口だった。
続いて、「空気取り入れ口、および排気口近くに居る方は退去してください」と、アナウンスが流れ、暫らくするとイグニッションモーターのウィーンという唸る音が機体から聞こえてきた。
その音が甲高くなっていったが、その音が最高潮に達する前に、モーターの唸る音が止まり、ジェットタービィンファンの風を切るだけの空しい音だけになり、静かになった。
「起動電力が不十分です、再度充電してやり直してください」と、先ほどエンジン始動のときに流れた声と同じ声が聞こえた。
「畜生、もう一度あれをやれだって、おい!ビオーヴェどうなってるんだ」と、雨雄がビオーヴェに突っかかっていった。
「ちょっとお待ちを」と言って、ビオーヴェはリギュンと交信した。しばらくして、
「リギュンの緊急自己診断で分かったのですが、設計値では2ヶ所充電すれば十分なのですが、30年も放っておいたので手動式緊急発電装置のバッテリィが劣化していて、十分な電力が得られなかったそうです」
この船には上部面、下床部面に合わせて大小十ヶ所のレバーがついていて、整備されている状態だと2ヶ所で十分なのだが、長年野ざらしにされていたのでバッテリィが、かなりのダメージを受けていて、充電量も不十分になってしまうらしいとビオーヴェは説明し、今度は3ヶ所充電してくださいと続けた。
「3ヶ所かよ、まったく手間が掛かるな、仕方ないもう一度やって見るか」と、雨雄は仕方なくさっきのレバーの所に行き、レバーを引き、骨董屋のオヤジもまたレバーを引いていたが、今回、ウエスダーはビオーヴェのそばでその様子を見ていた。
3カ所目のレバーを引こうと雨雄は右後方、骨董屋のオヤジは左後方に行ったが、雨雄の行った右後方部は、損傷を受けていてハッチを開く事が出来ず、仕方なく左後方にいる骨董屋のオヤジの所に行った。
その傷は雨雄がこの船を手に入れる事によって出来る傷なのだが、まだこの時点で知る由も無かった。
雨雄も骨董屋のオヤジも、すでに汗を体中から吹き出していたが、まだ雨雄のほうが若くて体力があると言う事で、骨董屋のオヤジが引こうとするところを、
雨雄が「オヤジ俺がやるよ」と言って、代わろうとするとオヤジが、
「まだこの船は俺のもんだからな」と言って、引きかけたが手を止め、
「だが歳には勝てん」と言って、その汗まみれでふらふらになった体を雨雄と交代するため脇によけた。
三ヶ所目の充電も終り、再び警告のアナウンスが流れ、イグニッションモーターが回り始めた。
今度はイグニッションモーターも順調に回転を上げていき、機体上部から号砲の様な「ドーン」と言うような感じの、自家発電用ジェットエンジンの始動音が聞こえてきて、ついに「キィーン」とタービンジェットエンジン独特の音が聞こえ、充電器が回り始めた。
ここからはもう人の手による操作は必要なく、しばらくすると機体の前後左右の航行識別灯がいきなりパッと点灯した。
リギュンはハッチを閉じたまま、内部の起動ができない場合の、用意が出来てたんですね