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悪役令嬢の取り巻きをやめると決めたら、なぜか悪役令嬢がついてきました

作者: 夜華カナタ
掲載日:2026/11/06

取り巻きAの、ささやかな退職のお話です。

わたし、クロエ・ベルナールは、取り巻きである。


 王立学園でいちばん怖いと言われる令嬢、ヴィクトリア・グランフェルト公爵令嬢の、うしろに立っている三人のうちのひとり。右うしろ担当。


 仕事は、主に三つ。ヴィクトリアさまが誰かをにらんだら、いっしょにうなずく。ヴィクトリアさまが「まあ」と言ったら、「まあ」と言う。ヴィクトリアさまが扇子を落としたら、拾う。


 入学して二年、わたしはこの仕事を、まじめに続けてきた。


 理由は、かんたんだ。うちは貧乏な男爵家で、グランフェルト公爵家に、父がお金を借りている。娘が公爵令嬢のそばにいれば、返済を少し待ってもらえる。それだけ。


 でも、先週。


 父が、借金を全部返し終えた。


               ◇


「……やめよう」


 朝、寮の部屋の鏡の前で、わたしはつぶやいた。


 取り巻きを、やめよう。


 べつに、ヴィクトリアさまが嫌いなわけではない。むしろ、二年もそばにいれば、悪い人ではないことくらい分かる。言い方がきつくて、顔が怖くて、笑うのが下手なだけの人だ。


 でも、わたしには、やってみたいことがあった。


 図書室の、薬草学の棚。二年間、ヴィクトリアさまのうしろに立っていたせいで、一度もゆっくり見られなかった棚。


(今日から、昼休みは図書室に行こう)


 わたしは、胸の前で小さくこぶしを握った。


               ◇


 昼休みの鐘が鳴った。


 いつもなら、わたしはヴィクトリアさまの右うしろについて、中庭のいちばんいいベンチまでお供する。


 今日は、ちがう。


 わたしは、教室を出ると、反対方向へ歩き出した。図書室のある、北の棟へ。


 三歩、歩いたところで、うしろから声がした。


「クロエ。どこへ行くの」


 ふり向くと、ヴィクトリアさまが立っていた。


 金色の巻き髪。切れ長の目。眉間にしわ。今日も、とても怖い顔だった。


「あの、ヴィクトリアさま。わたし、今日から……」


 言え。言うのだ、クロエ。


「今日から、取り巻きを、やめようと思いまして」


 廊下が、しんとした。


 ほかの取り巻きの二人が、ヴィクトリアさまのうしろで、目を丸くしていた。通りがかった生徒たちが、足を止めた。


 ヴィクトリアさまは、扇子を口もとに当てたまま、じっとわたしを見ていた。


「……そう」


 それだけ言った。


「では、失礼いたします」


 わたしは、ぺこりと頭を下げて、北の棟へ歩き出した。


 心臓が、どきどきしていた。でも、足取りは、少しだけ軽かった。


               ◇


 図書室は、静かだった。


 薬草学の棚の前で、わたしは一冊の本を抜き出した。『北の山の薬草図鑑』。表紙の絵が、ずっと気になっていた本だった。


 窓ぎわの席に座って、ページを開く。


 ――カミツレ。白い花びらと、黄色い真ん中。眠れない夜に、お茶にして飲む。


(……やっと、読めた)


 うれしくて、思わず頬がゆるんだ。


 そのとき、向かいの椅子が、ぎい、と引かれた。


 顔を上げると、ヴィクトリアさまが座っていた。


「……ヴィクトリアさま?」


「何」


「あの、なぜ、ここに」


「図書室に来てはいけないの?」


「いえ、そういうわけでは」


 ヴィクトリアさまは、近くの棚から適当に一冊抜いて、ばさりと開いた。『近隣諸国の関税の歴史』。絶対に興味がない本だった。


 わたしは、図鑑に目を戻した。


 ヴィクトリアさまは、関税の本を、一ページもめくらなかった。


               ◇


 次の日も、ヴィクトリアさまは図書室に来た。


 その次の日も。


 わたしが窓ぎわの席に座ると、少しして、向かいの椅子が引かれる。ヴィクトリアさまは、毎日ちがう本を開いて、一ページもめくらずに、昼休みの鐘が鳴るまで座っている。


 五日目、わたしは、とうとう聞いた。


「ヴィクトリアさま。……その本、さかさまです」


 ヴィクトリアさまは、手もとの本を見下ろした。『王国の治水の記録』が、たしかにさかさまだった。


 眉間のしわが、深くなった。耳が、少しだけ赤くなった。


「……知っていたわ」


「はい」


「わざとよ」


「はい」


 ヴィクトリアさまは、本をばたんと閉じた。


 それから、長いこと、窓の外を見ていた。


「……あなたが、いなくなると」


 ぽつりと言った。


「右うしろが、静かなのよ」


 わたしは、図鑑から顔を上げた。


「残りの二人は、わたくしが何か言うと、すぐに『まあ』と言うわ。でも、あなたは、言う前に少しだけ考える顔をしていた。……わたくしの言い方がきついときは、ちゃんと、困った顔をしていた」


「……見えて、いたんですか」


「うしろにいたって、扇子に映るのよ」


 ヴィクトリアさまは、扇子をぱちんと開いて、また閉じた。


「わたくしには、友だちがいないの。取り巻きは、いるけれど。……それで、あなたが取り巻きをやめるなら」


 ヴィクトリアさまは、こちらを見ずに言った。


「わたくしも、取り巻きのいる令嬢を、やめてみようかと思って」


               ◇


 わたしは、しばらく、何も言えなかった。


 それから、図鑑のページを、ヴィクトリアさまのほうへ向けた。


「……カミツレ、というんです。眠れない夜に、お茶にして飲むと、よく眠れるそうです」


「そう」


「ヴィクトリアさま、ときどき、朝、目の下が青いので」


 ヴィクトリアさまの眉が、ぴくりと動いた。


「……それも、見えていたの」


「右うしろからでも、見えます」


 ヴィクトリアさまは、少しのあいだ、わたしの顔を見ていた。


 それから、扇子で口もとをかくした。かくれきれていなかった。口の端が、ほんの少しだけ上がっていた。


 二年間、うしろに立っていて、一度も見たことのない顔だった。


「……今度、そのお茶、いれてちょうだい」


「はい」


「取り巻きとしてではなく」


「はい。……友だちとして、ですね」


 ヴィクトリアさまは、答えなかった。


 かわりに、さかさまだった治水の本を、もう一度、ちゃんと上下をそろえて開いた。


 今度は、一ページだけ、めくった。


               ◇


 次の週から、学園の中庭のいちばんいいベンチは、空いたままになった。


 かわりに、図書室の窓ぎわの席に、いつも二人の生徒が座るようになった。


 薬草の図鑑を読む男爵令嬢と、毎日ちがう本を、一ページずつ、ちゃんとめくるようになった公爵令嬢。


 ほかの取り巻きの二人は、最初こそ戸惑っていたけれど、そのうち、それぞれ好きな場所で昼休みを過ごすようになった。ひとりは剣術の練習場に、ひとりは音楽室に。


 ヴィクトリアさまは、それを見て、ふん、と鼻を鳴らした。


「みんな、やりたいことがあったのね」


「ヴィクトリアさまは、ないんですか」


「……今、探しているところよ」


 そう言って、ヴィクトリアさまは、わたしの図鑑を、横からのぞきこんだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


悪役令嬢の取り巻きAが、取り巻きをやめたら、悪役令嬢がついてきてしまうお話でした。怖い顔で、本をさかさまに持って、友だちのなり方を探している公爵令嬢。右うしろから見えていたものは、意外とたくさんあったようです。


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