L.S.からの手紙
原題:Letters from L.S.
親愛なる友、ニコライへ。
やあ、元気にしているかい? 私は相変わらず忙しい毎日を送っているよ。この間、仕事の取材で君の住むエスペ地方まで赴いたのだけど、あいにく時間が取れなくて君に挨拶することはかなわなかったんだ。
なるべく時間をとって君に会おうと、手土産まで持っていったというのに、実に残念だ。
結局渡すことができなかったから、この手紙に同封したよ。ほら、君は作家をしているだろう? 何かのインスピレーションになればいいと思って、ブレスレットを持っていったんだ。
これは私のところの伝統工芸品で、厄除けだとか御守として作られているんだ。まあ、ありきたりな工芸品だよ。厄除けなんて言っても、特別な洗礼がされているわけでもないし、ただ昔から言い伝えがあるというだけの話さ。
ブードゥーの人形やオジブワのドリームキャッチャーみたいなものだよ。
ウザ海域(今のバーメイ海峡のことだよ)では毎年夏の終わりになると、このブレスレットを燃やす風習があるんだ。いや、あったらしい。祖父がその祖父から聞いた話で祖父の代ではもう風習はやっておらず、いわゆる寓話になってしまったけどね。わざわざやぐらを組んで、ブレスレットを燃やすのさ。これがなかなか面白い話でね。轟轟と燃え上がるやぐらの火炎が青く立ち昇るらしい。
詳しい話はもう風化してしまったけれど、私は鎮魂の儀礼じゃないかと考えた。
長くなったけど、そんな民芸品だよ。
君の創作意欲を刺激できたら幸いだ。
君の友 L.S.より
ある日、こんな不気味な手紙が届いた。Lから始まる友人に覚えが無いわけではない。まだ大学で人類学を学んでいた折、同じゼミで意気投合した友人が居た。彼の名前はレオナルドだが、彼ではないことは明白だった。なぜなら、彼のファミリーネームはウィリアムズだからである。頭文字にすればWであり、決してSではなく、書き間違えたと考えても辻褄が合わないというものだ。
この事実が一層私の好奇心を刺激した。私は、この差出人の分からない謎の手紙に心が躍るのを感じた。
謎の男Lは私の住処を知っており、私の名前を知っており、私の職業を知っているのだ。普通の神経であれば、恐怖を覚えても不思議はなく、人によっては戸締まりを厳重にしたり、新しいピストルを買ったり、引っ越したりするかもしれないが、私は生来こういった気味の悪いものにひどく心沸き立つ気質を持っていた。
ご丁寧なことに、手紙に書かれているブレスレットはちゃんと封筒に入っていた。きめ細やかな木目と淡い色合いはメイプルかブナだろうか。差出人の住所は東海岸の地名なので、そのあたりの植生とも一致する。
図書館で地図を調べたところ、きちんと実在している地名であるし、郵便局の消印もマサチューセッツ州のものだ。以上のことから、誰かが私をいたずらに嵌めようというわけではなさそうだ。
そこからは居ても立ってもいられなかった。今にして思うと、あの時の私は恐怖とは別の狂気に囚われていたのかもしれない。書きかけの原稿と取材用の手帳を乱雑にカバンへ放り込み、取材用のカメラケースとともに後部座席に積んだ。何年も着古してボロボロになった灰色のコートと、色あせて茶色くなっている赤かったマフラーを巻いて車に乗り込む。
この時の私は謎の差出人を突き止める大冒険の主人公の気分だったが、私はレミュエル・ガリヴァーでも、キャプテン・ネモでもなく、私が心を震わせた大冒険はただの退屈な怪奇譚にすぎなかったのだ。
道中で盗賊に襲われるわけでもなければ、氷に閉じ込められたり、嵐に見舞われることもない。ヒッチハイカーの一人でもいればまだ暇を紛らわせたかもしれないが、それもない。私は何のトラブルも、ハプニングも、イベントもなく、謎の差出人L.Sの住所に到着した。
この頃、私はすでに飽きてしまっており、ほとんど「どうせ、なんてことのない理由があるだけだ」と考えて、手応えが全くなかった試験の結果を見に行く時のような、あの虚ろとした感情を持っていた。
だから、普段であれば気がつくはずのありとあらゆることを見落としていたのだ。私が調べたのは地図だけであり、私を突き動かす情熱は手紙だけだったということを忘れていた。現地の詳しい場所を知るために道を尋ねた老婆の訝しい目線も、どこかから漂ってくる臭いも、町の看板が無くなっていることも、気にならなかった。
私がそれらに気がついたのは黒々とした景色が目に飛び込んで、焦げた木材と煤の臭いを感じた時だった。
L.Sの住処は半年も前に原因不明の火災により、焼失してしまっていたのだ。住処と言っても一棟の家屋ではない。この町は、謎の火災により、地図から消えてしまっていたのだ。
私は慌てて手紙の消印を見た。そこには先週の日付が記されていた。ああ、私はなんて浅はかな行いをしてしまったのだろうか。いや、考え方によっては幸運だったのかもしれない。黒々とした町を目にした私は恐怖した。手紙も、ブレスレットも、とにかく関係のありそうなものを全てその場に捨てて逃げ出したのだ。
車に戻る途中、ボッと何かが燃える音がした。振り返ると、私が捨てたものが青い炎を上げて燃えていた。
本作は「おしょう」が制作したものです。タイトル、本文のほか、著者や奥付にいたるまで全て創作物です。




