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第14章 空白の夜

 その夜、

 俺は――戦わなかった。


 宝珠は、ポケットの中にある。

 だが、握らない。


 川沿いのベンチに座り、

 ただ、街を眺めていた。


「……静かだな」


 闇の気配は、ある。

 だが、

 呼ばれていない。


 宝珠は、沈黙している。


 それでいい。

 そう、決めたはずだった。


 ――その頃。


 商店街の外れで、

 闇は――暴れていた。


 ***


「……来ねぇ」


 刃の男が、舌打ちする。


「仁のやつ、

 今日も出てこない」


「宝珠が、限界なんだろ」


「知ったことか」


 影が、次々と湧き上がる。


 人の悲鳴。

 割れるガラス。


「……まとめて、行くぞ!」


 刀が、振るわれる。


 光。

 断裂。


 闇は、確かに消える。


 だが――

 その先に、必ず“人”がいる。


「下がれ!」


 声が、届かない。


 影に絡まれた女が、

 転ぶ。


 刃が、閃く。


 一瞬の、静止。


「……っ」


 血は、少なかった。


 だが、

 倒れたまま――

 女は、動かなかった。


「……やった、のか」


 誰かが、呟く。


 沈黙。


「……違う」


 刃の男が、首を振る。


「影に、引きずられただけだ」


 言い訳だった。


 自分に向けた。


 だが。


 その瞬間、

 闇が――笑った。


 ***


 翌朝。


 ニュースは、淡々としていた。


『昨夜、商店街で事故があり――』


 事故。


 いつも通りの言葉。


 いつも通りの処理。


 俺は、テレビを消した。


 胸の奥が、

 重たい。


「……俺が、行ってりゃ」


 その考えが、

 頭をよぎる。


 すぐに、否定する。


「違う」


 俺が行っても、

 すべては救えない。


 それは、分かっている。


 だが。


 玄関を出たとき、

 宝珠が――

 強く、震えた。


「……っ」


 初めてだった。


 呼ばれている。

 明確に。


 足が、勝手に動く。


 現場は、封鎖されていた。


 花。

 線香。


 泣いている人。


 俺は、遠くから見ていた。


 そこへ――

 あの、知りすぎた少年が現れる。


 顔色が、悪い。


「……来なかったな」


 責める声じゃない。


 事実を、

 そのまま置いただけの声。


「……ああ」


「正しかったと思うか」


 すぐには、答えられない。


「……分からない」


 少年は、少し笑った。


「俺もだ」


 しばらく、沈黙。


「……でもな」


 少年は、続ける。


「お前が来てたら、

 あの人は助かったかもしれない」


 胸が、締め付けられる。


「でも、

 お前の宝珠は――

 もっと壊れてた」


 俺は、宝珠を取り出す。


 赤い表面に、

 確かに――

 細いひびが走っている。


「……闇の王は」


 俺は、呟く。


「これを、狙ってるのか」


 少年は、首を振る。


「違う」


「……?」


「あいつは、

 選択を、見てる」


 俺を見る。


「お前が、

 どこまで耐えるか」


 その夜。


 夢が、戻った。


 闇の中。


 王は、姿を見せない。


「痛むか」


「……ああ」


「それが、空白だ」


「……俺が、戦わなかったせいで?」


「違う」


 即答。


「お前が、

 人であろうとしたせいだ」


 言葉が、

 胸に突き刺さる。


「選ばない者は、

 必ず、誰かを見殺しにする」


「……黙れ」


「だが」


 闇が、少し――

 近づく。


「それでも、

 お前は、

 こちらに来ない」


 沈黙。


「だから――」


 声が、低くなる。


「俺が、

 行く」


 目が覚める。


 朝だ。


 宝珠のひびが、

 昨日より――

 はっきりしている。


「……最悪だな」


 誰も救えていない気がする。


 戦っても。

 戦わなくても。


 それでも。


 俺は、宝珠を握る。


「……それでも、だ」


 次に選ぶのは、

 逃げでも、力でもない。


 受け止めるという選択だ。


 闇の王が、

 こちらへ来るなら――


 俺は、

 人のまま、

 そこに立つ。


 それしか、

 残っていなかった。

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