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第13章 壊れる音

 違和感は、

 戦いの前ではなく――

 終わった後に来た。


 小さな路地。

 闇は、すでに消えている。


 紅蓮の小手が、

 いつもより――

 遅れて消えた。


「……今の、見たか」


 誰に向けたわけでもなく、

 俺は呟く。


 返事はない。


 宝珠を、そっと取り出す。

 赤い表面は、いつも通りだ。


 だが――

 光が、安定していない。


 脈打つように、

 強くなったり、弱くなったり。


「……大丈夫だろ」


 自分に言い聞かせる。


 だが、その夜――

 夢を見た。


 闇の中で、

 宝珠が、宙に浮いている。


 赤い。


 だが、

 内側から、黒い線が走っている。


「それは、傷だ」


 声がした。


 闇の王ではない。

 もっと――

 古い、疲れた声。


「徳は、無限じゃない」


 宝珠に、

 ひびが入る。


「使い続ければ、

 すり減る」


「支え続ければ、

 壊れる」


「……じゃあ、どうすりゃいい」


 夢の中で、

 俺は叫んだ。


「選べ」


 短い言葉。


「力を、捨てるか」


「仁を、捨てるか」


 ひびが、広がる。


 目が覚める。


 汗で、背中が濡れていた。


「……クソ」


 翌日、

 知っている側の一人に会った。


 あの、最初に駅で声をかけてきた男だ。


「……宝珠、見せろ」


 俺は、黙って差し出す。


 男は、しばらく無言で見つめ――

 眉を歪めた。


「……始まってるな」


「何が」


「劣化だ」


 その言葉は、

 想像以上に、重かった。


「徳の宝珠は、

 持ち主の在り方に反応する」


「俺は、変わってねぇ」


「違う」


 男は、首を振る。


「お前は――

 耐えすぎている」


 意味が、すぐには分からなかった。


「守る。

 傷つけない。

 選ばない」


 男は、指を折る。


「それは、

 お前自身を削る行為だ」


 宝珠が、

 それを肩代わりしている。


「……じゃあ、どうすればいい」


 男は、しばらく黙ってから言った。


「戦わない」


「……は?」


「少なくとも、

 今のままでは」


 胸が、ざわつく。


「それじゃ、

 闇は――」


「他が戦う」


「人を切るやつらが?」


 男は、目を伏せた。


「……現実的な選択だ」


 その言葉に、

 怒りは湧かなかった。


 ただ――

 空っぽになった。


「宝珠が壊れれば、

 どうなる」


 俺は、静かに聞いた。


「徳は、持ち主に返る」


「……つまり」


「お前が、

 すべて背負う」


 闇の王の声が、

 脳裏をよぎる。


「お前は、

 どこにも属さない」


 夜。


 一人、橋の上。


 川の音が、低く響く。


 宝珠を、強く握る。


「……俺が、降りればいいのか」


 闇を止めるために。

 均衡を守るために。


 戦わないという選択。


 それは――

 逃げか、

 それとも、仁か。


 宝珠が、

 かすかに――

 音を立てる。


 ピシッ


 確かに、聞こえた。


 俺は、目を閉じる。


「……まだだ」


 壊れるなら、

 そのときは――

 俺が、選ぶ。


 力を失っても。


 殴れなくなっても。


 それでも、

 人でいる選択だけは――

 捨てない。


 川面に、

 街の光が揺れている。


 その中で、

 俺は初めて――

 戦わない覚悟を、持ち始めていた。

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