第三話新しい気配と、小さなざわめき
学校行事でも文化祭でもなく、
ただの定期テストが、
二人の距離を少しだけ変えることになるなんて。
そんなこと、この時は思っていなかった。
(梨緒視点)
「来週から定期テストだぞー」
担任の明るい声が、眠気の残る教室に響いた。
黒板に書かれた日付を見ながら、私は心の中で小さく頷く。
勉強は嫌いじゃない。
むしろ、好きな方だ。
ふと横を見る。
相沢くんは、教科書を立てて顔を隠すようにして座っていた。
眠そうというより、遠いところを見ている目。
(……大丈夫なのかな)
出席番号も教室の席順も関係なく、
隣の点数って気になる。
ただのクラスメイトのはずなのに。
(恒一視点)
テスト。
言葉だけで頭が重くなる。
勉強が嫌いというわけじゃない。
ただ、気持ちが追い付かないだけだ。
横から視線を感じて、少しそっちを見ると、
木下さんがきちんとノートを開いていた。
几帳面にまとめられたページ。
綺麗すぎて、見せられないくらいだ。
(……頭いいんだろうな)
そう思うと、なんだか隣との距離が数字で決まるみたいで。
少しだけ、胸がざらついた。
(梨緒視点)
部室の扉を開けると、ほのかに紙とインクの匂いがした。
文芸部の空気は、図書室と家の中間みたいで落ち着く。
机に座り、私は参考書を広げた。
数学のページを見つめていると、隣の椅子が引かれる音がした。
「勉強?」
相沢くんが覗き込む。
声は軽いけど、目は少し真剣だ。
「来週テストなので」
「へぇ……頑張るんだ」
「相沢くんは?」
「……気分が乗ったら」
その言い方に思わず小さく笑ってしまう。
「わからないところ、あったら言ってください」
口から自然に出た言葉だった。
言ってから気づく。
これは、理由を与える言葉だ。
“話してもいい”関係になるための。
(恒一視点)
「言ってください」
その一言が、不思議と胸に残った。
気軽に話しかけてくれる人は何人もいたけど、
頼っていいって言われたのは、初めてだ。
「じゃあ……明日、数学見て」
冗談半分で言うと、木下さんは頷いた。
冗談じゃない顔で。
ちょっと驚いた。
それと少し……嬉しかった。
(梨緒視点)
放課後の図書室は、静かだった。
私と相沢くんは、窓際の席に並んで座った。
声を潜めて、ノートに鉛筆を走らせる。
教室より近くて、部室より静かで。
息をする音まで聞こえてきそうだった。
「ここ、違うよ」
私は相沢くんのノートを軽く指で示す。
間違いを責めるんじゃなくて、ただ教えるだけ。
「……ほんとだ」
小さな声。
隣の席より、もっと近く感じる声だった。
すぐそこにいるから、
言葉がまっすぐ心に届く。
少しだけ楽しい――そう思ってしまった。
(恒一視点)
帰り道、カバンがいつもより重く感じた。
けど、嫌じゃない重さだった。
「今日はありがとう」
素直にそう言うと、
木下さんは「いえ……」と視線を落とした。
沈黙。
でも、気まずくはない。
点数が良くなるかどうかなんて、
今はどうでもいい気がした。
勉強しただけなのに、
なんで帰りたくなかったんだろう。
その答えを考えるのは、もう少し先でいい。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第三話では、ただの定期テストという日常の中で、
二人が“偶然以外の理由”で関わり始める様子を書いてみました。
勉強というきっかけは、
席が隣で、同じクラスで、同じ部活だからこそ自然に生まれる距離です。
恋と呼ぶにはまだ早い。
でも、友達とも少し違う。
そんな曖昧な関係が、
これからどう変わるのかを書いていけたらと思っています。
次回は、テスト当日の空気や、結果に揺れる感情を描く予定です。
よろしければ、第四話もぜひ読んでください。




