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あなた、服、ロリィタ

作者: まどかわまどか
掲載日:2025/12/08

「このロリィタが好きやけんって、べつに気狂いなわけやないし」


 美子よしこは啖呵を切った。頬張ったチョコケーキのクリームが唇についている。

 彼女はいわゆるゴシック・アンド・ロリィタというファッションの愛好家だ。本日の召し物もそうである。十字架と薔薇がバランスよく織られたジャガード生地の黒いジャンパースカートに、パフスリーブは控えめでピンタックがたっぷり入ったブラウス、そして顔と同じ大きさのボンネット。さながらフランス人形のパーマがかった黒髪を高い位置で二つに束ねて、ボリューミーに仕上げている。メイクアップもコーディネートに合わせてブラック一色。彼女はいつもこの服装だ。


「今日やってさ……ほら、後ろの客、さっきからずっとあたしらのこと馬鹿にしとる。『世間はハロウィーンじゃなくてクリスマスですよ〜』やってさ。『馬子にも衣装ですね〜』って……はは、ようあんなでかい声で言えるわ」


 向かい側の男子高校生がこちらを面白がって言った陰口を、彼女はもっと大きな声で繰り返した。


「そりゃあ……だって、こんな真っ黒と真っピンクの女がファミレスでご飯食べよんじゃけぇ……目立つのは仕方ないよ」


 と言って宥めつつ、わたしは彼らに目を向けた。彼らはすでにスマートフォンに夢中だった。

 わたしはほっと胸を撫で下ろした。最近は注意をしただけですぐ「#拡散希望」と打たれてSNSにあることないこと書かれる時代。日々承認を求めている彼らの視界に、格好の餌である私たちのビジュアルと小さなリベリオンが映り込んでいたら……。顔も隠さず全世界に拡散され、好きな服を着ていただけなのに、不特定多数に顔や性格、生き様まで文句を言われ、大学も職場も晒されてしまう。とにかく、ここで大事にならないだけでも良かったのだ。


 わたしは彼女の思う「理想のロリィタ像」とは違う像を持っている。だから彼女の怒りに共感できないということもあった。

 彼女の理想が「ロリィタはファッションの愛好家である」のに対し、私の理想は「ロリィタたるもの品が下るべからず」である。私たちロリィタは人でありながら人ではない、一般人のそれとは比べ物にならない業を背負った「選ばれし美を纏う人」であると、だからこそ所作もその通りでなければならないと思っているから、彼女の乱暴な物言いにはひやひやさせられるし、首を突っ込むのも恥ずかしかった。


 一方で彼女の言い分はこうである。


「あたしはね、お洋服が可愛いだけのただの人なんよ。美人描くのが上手い人に『本人は不細工ですね』なんか言わんやろ。やのに、なんであたしは『いい歳して気狂いですね』とか言われないかんのって話。馬鹿でも不細工ブスでも好きに着られるんがロリィタやろうに」


 彼女はいわばロリィタ信仰者で、ロリィタという「服」こそ至高、人間は決してそれに干渉してはならないと、あくまで私たちは「『服』を着た『人』」であると、そう信じている。

 だからこそ愛するロリィタファッションと己が同一のもの、つまるところのアイデンティティとして扱われるのをひどく嫌っている。


 しかしながら彼女の思想はたびたび論争を巻き起こす。「推しが恥をかかないように」と身なりを整えるアイドルファンが数多くいるように。ファンのビジュアルや態度が推しの評価に直結する現代では、「ファンの民度がすこぶる良いところに属している私」というように、アイデンティティのひとつに外的な要素が加わっている。そうして推しとファンは切り離せない存在になってしまった。

 このアイドルファンのように、ロリィタ愛好家も、ロリィタと生身の人間を同一視されることによってアイデンティティがもはや服に支配されている。彼女はそれが、ほとんど自己の喪失のように思えて恐ろしいのだと言う。

 彼女は手鏡を構えると、口元のクリームを拭ってリップスティックで塗り直す。ついでにティーカップに付着した口付けの跡をおしぼりで拭き取った。


「だってさ、これを着られるんがプリンセスだけなんやったらここまで普及してないし、ロリィタに種類なんかできんかったやろ」


 言い終わると彼女は「あー、美味しかった」と手を合わせた。ああ言うわりには食べ終わったあとの食器が綺麗だった。


「まあ……それは確かに。でも、ロリィタに見合う自分になりたいって向上心のお陰で今のわたしがあるとも思っとるし……」


 そう言って最後の一切れを口に運んだ。


「あ、そういえば。サリーは昔っから甘ロリばっかなん? あたしはゴス一筋なんやけど」


 彼女はわたしの服に目をやった。わたしは彼女の真反対とも言えるピンクのコーディネートで、大きなうさぎのリュックを背負って来た。コットンバーバリーで作られたピンクのワンピース型に、薔薇やリボンの形で編まれた白のレースがバランスよく配置された、まさに完璧な服。ぐるぐるに巻いた金髪に同じシリーズのヘッドドレスを合わせて、顎紐の輪が大きめになるように蝶結びした。オーバー気味に引いたアイラインと三枚重ねのつけまつ毛からもわかるように、わたしの出身はギャルファッションである。


「昔は姫ギャルやったよ。甘ロリ着始めたんはほんと最近。……あと、その呼び方恥ずかしいから辞めてや」

「えー、可愛いやん『サリー』。紗良さらも可愛いけどこっちのが呼びやすいんよ」

「この前わたしが『ミコリン』言うたら夕方まで口聞いてくれんかったくせに」

「それはパンピの友達もおるとこで言うけん!」


 彼女は「あたしはただの人」だと豪語するわりには、一般人とかロリィタ愛好家とか、ファンとかアイドルとかを一番に気にしているように見える。わたしは笑いながら言い返すが、彼女は、たぶん、自分へのアンチテーゼのためにもロリィタ信仰を続けているのだろうと思った。


「にしても、なんか納得。メイクとかめちゃくちゃ濃ゆいのに綺麗やもんね。ツケマ何枚付けとん?」

「三枚」

「すげー」


 ギャルメイクはむしろ汚いのがデフォルトなんだけどなあと思いながらも、わたしは彼女の雑談に付き合っていた。彼女は「アイラインを垂れさせてつり眉にするんはやっぱギャルの常識なん?」とか「逆毛直すときなんのシャンプー使いよるん?」とか、次々とわたしに昔を思い出させた。今のわたしはロリィタ愛好家だが、彼女の目には過去のわたしも今のわたしも同じ「サリー」に変わりはないとでも言うように。


 甲高い「またお越しくださいませ」の声で前を見ると、もうあの青年たちはいなかった。


「美味かったね。コルセット締めとるけんもう食べられんわ」

「そうやね。たまには普通にご飯食べるんも良いかも」

「また来よね」


 彼女はそう言うと机に「ご馳走さまでした!」と書いたペーパーナプキンを置いて、レジに向かった。隣には彼女とわたしの似顔絵が、デフォルメされて描かれている。

 わたしはそれをパシャリと撮って、彼女の後に続いていった。

お元気ですか。まどかわまどかですよ。

ふと思い立って、はじめて投稿してみます。よろしくお願いします。

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