終了
◇◇◇◇
【敗北しました】
私の視界の中央には、見たくもない文字が羅列され、息が荒くなり、膝が笑った。
視界の端にあったスキルの欄があっさりと無くなっている。
【威圧無効化】と【着地ダメージ無効化】
それと一番無くなって困る【持久力無限化】
敗北したというのにチートスキルの反動がこない。
Fランクのピーキースキルだ。死まで覚悟してたが、今のところ身体には異常がない。
あるのは、両手で抱えているリゼリアちゃんの重みのみ。
「グワァォォォオオオ!!!」
ゴブリンエンペラーの咆哮が洞窟を震わせる。
地面が揺れ、岩片がぱらぱらと落ちる。
ゴブリンエンペラーの【威圧】の影響でその場から動けない。
息がしづらい。
「私はまだコイツが怖いのか。ッ! 覚悟して来たんだろ! 勇気を出せ! リゼリアちゃんを守るんだろ!!!」
足に力を込めると、ガタガタと動く。
「動くなら! 乗り越えられる!!!」
全身に力を込める。ガタガタと痙攣してる足を。
「くッ! ぉぉぉおおお!!!」
前に出す。
「はぁはぁ、これを何回もやれば走れ……」
ピンッ! と、視界に明るい文字が。
「……やった」
【『威圧無効化』を獲得しました】
「行くよ!」
私は息を切らしたままに、来た道を脱兎のごとく駆け出す。
「早く出口案内して! ゴブリンの少ないルートでね!」
視界に映るカーソルが出口を指し示す。
【洞窟出口まで1.5km】
「遠! もうスキルに【持久力無限化】はないんだし、これまで以上に本気で走らないと」
そこで気づく、ゴブリンエンペラーの追ってくる圧迫感がない。
「へいへい、バテたんですか?」
煽りも入れて後ろを見ると、ゴブリンエンペラーは必死な形相で私を追いかけている。ピクピクと血管が浮き出て、本気で追いかけているのは分かった。
だが遅い。私も可能な限りの速さで走っているが、【持久力無限化】があった時の私の方が速かった。ゴブリンエンペラーはそんな私に切迫するような速さだったはずだ。なのに今は子供とかけっこしているような感覚を覚える。
明らかにゴブリンエンペラーの地面を蹴る推進力と蹴る結果があっていない。
「あっちだけ水中にいるみたい」
ドンッ! ドンッ! と、ゴブリンエンペラーが地面から足を離すたびに地面が抉れ、地面の欠片が散弾銃のごとく後ろの道に発射されていく。
「何が起こってるの?」
ぐわっと両の手で、私を掴もうと必死だ。
だが、ゴブリンエンペラーとの距離は空いていく。
「まっ、ラッキーとしか言いようがない!」
私は楽観的に捉えて、ゴブリンエンペラーを置いていく。
そして、さっきから不思議なことはもう一つ。ゴブリンたちの位置が手に取るようにわかる。
走りながら、視界の端に動く影。
意識しなくても分かる。
どの通路に、何体いるか。
曲がり角の先に、三体。
広間の奥に、十以上。
地中に、地上に。
ゴブリンの位置を辿れば、ルート案内なんか無くても出口に行けそうだ。
「……今は便利だけど、四六時中ゴブリンを感じるとか嫌なんだけど」
洞窟全体の配置が、頭の中に浮かぶ。だいたいの洞窟規模も分かる。凄く大きいと言うしかない。
最初にゴブリンエンペラーを見た大きな縦穴が、四つもある。ゴブリンたちの数は数千規模の集団だと思う。
ゴブリンエンペラーが壊した縦穴には行かず、カーソルは二個目の縦穴の出口を目指しているみたいだ。
カーソルに従って、横道、回り道、階段などをループした。
もうゴブリンエンペラーは後ろにいない。それに道を塞いでいた小さなゴブリンも、ゴブリンエンペラー以上に遅かった。
「不思議。まさかリゼリアちゃんが何かしてる?」
リゼリアちゃんに視線を落とすと、私をまじまじと見つめていたリゼリアちゃんは、小さく首を横に振った。
「もうすぐ出口だよ。やっと安心できる。その時にリゼリアちゃんのこと教えてね」
【洞窟出口まで50m】
洞窟よりも明るい出口の光。
六秒で走り抜けた。
「出口だ」
洞窟を抜けた瞬間、世界がひらけた。
天井のない空。
雲が、あまりにも高い。
湿った岩の匂いが消え、代わりに乾いた風が頬を撫でる。
肺が、軽い。
今まで吸っていた空気は、泥だったのかと思うほどに。
振り返れば、黒い穴のような洞窟の入口。
そこから距離を置くように、森が円を描いている。濃い緑の壁が、外界とこの穴を隔てていた。
光が眩しい。
足元に落ちる影が、はっきりしている。
「助かっ……」
【『鬼ごっこ』が終了しました】
空に走る白い文字。
まるで、青空にひびが入ったみたいに。
心臓が、止まった。
理解より先に、背筋を冷たいものが走る。
「……何か来る」
そう口走った瞬間。
ドゴンッ!
目の前の地面が、内側から殴り上げられた。
土が波打ち、芝が裏返り、石が宙を舞う。
爆ぜた土煙の中心から、巨大な腕。
筋肉が裂けそうなほど膨張し、血管が紫色に脈打っている。
爪が地面に食い込み、ガシン、と大地を掴む。
そのまま、さらに力を込めた。
ドゴンッ!
地面が、悲鳴を上げた。
亀裂が蜘蛛の巣のように広がる。
割れた土の奥、闇の底から、ゆっくりと持ち上がる影。
最初に見えたのは、目だった。
赤く、怒りで濁った、血走った双眼。
次いで、歯。
むき出しの牙の隙間から、荒い呼吸が漏れる。
最後に、足。
土を振り落としながら現れたそれは、
洞窟の王。
ゴブリンエンペラー。
空気が、重くなる。
森の葉が、ざわりと震えた。
逃げ場のない、地上。
遊びは終わった。
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