断罪 《side:進藤明日香》
◇◇◇◇
召喚部屋を出たあと、ミリスさんに案内されたのは、あまりにも豪奢な部屋だった。
キングサイズのベッドが置かれていても、生活空間はまったく圧迫されていない。むしろ、持て余すほどに広い。
部屋の中央には円形の机があり、お嬢様たちが優雅にお茶会でも開けそうな余裕があった。
そして、そんな部屋が、クラスの全員に一部屋ずつ用意されている。
みんな、目を輝かせていた。ジャンケンまでして、誰が先に部屋を獲得するかの競い合いをしていた。まるで修学旅行みたいに。
極めつけは、扉の横に控えるメイドさんの存在だった。
彼女たちは静かに微笑みながら、「お金で解決できることなら、どのようなことでも承ります」と告げてきた。
そこまで行くと、夢の中みたいな万能感を手に入れたような気になる。
「どう思う、委員長」
声をかけてきたのは真理さんだった。いつの間にか、私の部屋に居座っている。
「何がですか?」
「ここの人たち。必死すぎない?」
その言い方が、妙に引っかかった。
「それほどに、『英雄』という存在が欲しいのでしょう」
「ふぅん」
真理さんは、興味なさそうに肩をすくめると、扉の方へ視線を向けた。
「ねえ、メイドの人たち。少し外に出てくれないかな?」
扉の前に立っていた二人のメイドさんは、目を伏せたままだった。
だが、次の瞬間、伏せていたはずの視線が、鋭く持ち上がる。
一瞬だけ、刃物のような目。
それはすぐに消えて、にこやかな微笑みに戻った。
左側のメイドさんが口を開く。
「私どもは、皆様お一人お一人にお仕えするように言われています。よって、どこへ行かれる際もお供いたします。
進藤明日香様、佐々木真理様の秘密のお話であっても、決して外に漏らすことはございません。どうぞご安心ください」
メイドさんは二人揃って、丁寧に頭を下げた。
「外に漏らした場合は、どうするの?」
真理さんの声は、軽かった。顔を上げたメイドさんは、即座に答える。
「潔く、死にます」
淀みも、迷いもなかった。
「……その返事がさ」
真理さんは小さく息を吐いた。さっきまでの軽さが、嘘みたいに消えている。
「君たちの死が軽すぎるから、信用できないって言ってるんだけど。分からないかな」
空気の温度が、一気に下がった。
私は、その変化に気づいた瞬間、背筋がぞわりと粟立つ。
次の瞬間だった。
真理さんの姿が、視界から消える。
【スキル:影虚】
時間が、引き伸ばされたみたいに、自分の動きが、スローモーションのように遅くなる。
【スキルの発動を確認。『スキル:先読み』を発動します】
視界の中央に、ゲームのシステムメッセージみたいな文字が浮かぶ。
「……え?」
理解が追いつかない。
バタン、バタンと、重たい音が、二つ。
その音と同時に、世界は元の速度に戻った。
扉の前を見ると、メイドさんたちが床に崩れ落ちていた。目は見開かれたまま、声も出ていない。
「なにが……起こったの?」
私の声は、確実に震えていた。
「眠らせただけだよ」
真理さんは、何事もなかったかのように私のすぐ横に現れる。
「この世界のスキル? って技かな? 便利だね」
その言葉が、やけに軽く聞こえた。
「ところで委員長はさ、弥栄日向って知ってる?」
私の動揺をよそに、真理さんは次の話をしている。
「はい? 日向さん、それはもち、ろ……ん? ……ん?」
日向さんのことを思い出そうとしても、霞みがかって消えていく。思い出そうとするほど、虫に食われていくような喪失感があった。
「誰でしたっけ?」
私がそう言うと、真理さんは目を見開いて驚いた。
「日向を大好きだった委員長がこれなら、この世界のスキルって、相当やばいね」
「大好きだった? え? えぇ!」
生きてきて、誰かを好きになったことがない私は、真理さんの言い草に、さらに動揺してしまう。
「精神系のスキルなら、私のスキルで解除できるかな。ちょっといい? すぐ終わるから」
「は、はい」
真理さんは、何のためらいもなく私の頭に手を置いた。
【スキル:体制共有】
次の瞬間、じゅわり、と、私の身体から、紫色の煙が滲み出した。
それは霧のようで、けれど粘ついていて、まるで私の中に溜まっていた何かが無理やり引きずり出されているみたいだった。
「な、なにこれ!?」
思わず後ずさる。
「動かないで、あと少しだから」
真理さんの声は落ち着いている。私はピタリとその場で止まった。
煙は全身から湧き上がってくる。
頭の奥が焼けるように熱い。
「熱い! 痛い!」
痛みと一緒に、
「……日向ちゃん」
私の口から名前が、零れ落ちた。
外に跳ねたボブヘアの姿が思い出される。
屈託のない笑顔。
駅前で、私の前に立った小さな背中。
「手を離して。私の友達に何か用?」
日向ちゃんの声と頼りになる目。
守ってくれたあの日のこと。
全部、全部、思い出す。
「私……忘れてたの?」
喉が震える。
目が潤み、視界が滲む。
「私が日向ちゃんを忘れることなんて、あるはずないのに」
胸をギュッと掴まれるような痛みがある。
涙が溢れ出て、止まらない。
あの時間が、なかったことにされていた。
私の大切な記憶が、勝手に消されていた。
「悔しい」
膝から崩れ落ちる。
「私の記憶から日向ちゃんを奪うなんて許せない。……でも、日向ちゃんを忘れていた私自身が、一番許せない」
その言葉が、引き金だった。
拳を握りしめる、爪が掌に食い込む。血の味がするほど、歯を噛みしめる。
「日向はクラス全員から愛されてた。みんな忘れてる。おかしいよね」
真理さんの声が遠くなる。
ジジジ、と。
空間が歪む。
視界にノイズが走る。
電子音が、鼓膜を叩く。
ピン、ピン、ピンと。
視界に入る光が鬱陶しい。
「もう英雄なんてどうでもいい」
私の大切なものを奪った世界なら。
救う価値なんて、ない。
【条件を満たしました。クラス進化を開始します】
身体の奥で、何かが軋む。
白い光が、ひび割れる。
【『聖騎士』から……】
一瞬、静寂。
【『断罪騎士』へクラスチェンジしました】
光が反転する。
白から、深い黒へ。
【レアランク:『SS』から『SSS』へと上昇しました】
【『復讐心』を獲得しました】
胸の奥で、炎が灯る。
【『真実反射』を獲得しました】
嘘も、改竄も、跳ね返す力。
【『断罪執行』を獲得しました】
罪を、強制的に可視化する力。
【『最終審判』を獲得しました】
その存在の是非を、決定する力。
涙は、もう止まっていた。
代わりに、胸の奥にあるのは、静かな熱。
私は立ち上がる。
「日向ちゃんは、どこ」
「……わかんない」
「そう」
声は、自分でも驚くほど冷えていた。
「じゃあ召喚された部屋にいた女に、直接聞きに行きましょうか」
「……うわ。これもしかして、みんな日向ちゃんの記憶を思い出すだけで覚醒しちゃうかも」
真理さんが乾いた笑いを漏らした。
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