洞窟 《side:???》
◇◇◇◇
暗い。
ここは目を開けても閉じても、闇の深さは変わらない。
鎖で頭の上に引き上げられた両手。少し動くだけで、手首に付けられた手錠同士がカチカチと擦れる。
指先は痺れて、足はガクガクと震える。両肩には鈍い痛みがズンと来て、段々と時間が経つごとに痛みが増していっている気がした。
「……ギルッ! ギティ!」
私が真っ暗の闇の空間に慣れてきた頃に、遠くの方から甲高い声が聞こえてきた。
ぼぅっと揺らめく灯りが近づいてくると、洞窟の壁に濃い影がゆっくりと伸びていく。
灯りが強くなるほどに、ここが逃げ場のない檻だということを分からされた。頑丈そうに錆びた鉄格子と、横を見れば積み上げられた骸骨の山。たったこれだけの情報で、ここからは誰も逃げられなかっただろうことは理解できた。
力無く下を向くと、足元には、乾き切っていない血と尿がまだ生温く残っている。
ガチャガチャと檻を開ける音がして、ギィっと扉が開く。
「……うぇ」
誰かの足先が見えてきて、途端に鉄と獣の臭いが一層濃くなる。気を張っていないと、吐いてしまいそうだ。
「グベラッ!」
甲高い声に顔を上げると、私の目の前に二匹のゴブリンがいた。
「……私が悪いの?」
搾り出した声は、自分のものとは思えないほど小さかった。言葉と同時に、もう枯れていたと思っていた涙が溢れる。
ゴブリンの一体が斧を振り上げて、ガキィン! と鎖を砕いた。
「キャッ!」
驚きの声が出て、その衝撃とともに体が地面に落ちる。
仰け反って尻もちを着く形になり、上から見下すゴブリンと目が合った。
逃げられない。助からない。これからされることは想像もしたくない。
ギリリと奥歯を噛んで、口を結ぶ。
「ゲヒ、ヒヒ」
下劣な笑みを携えたゴブリンの手が私の腕に触れる。手はゴツゴツとしていて、ヌメっと粘り気があった。
気色の悪い感触に全身の鳥肌が立つ。
ゴブリンに捕まった女の行く末は悲惨な物だ。誰も私を助けに来ないことは知っている。
もう私の未来は、灯りのない洞窟のように真っ暗だ。人生を諦めているからだろうか。ゴブリンに対しての恐怖は何もなかった。
ただゴブリンを楽しませないように、無感情で無抵抗を貫く。それが私にできる最後の抵抗だ。
でも、私が生きるのを辞めない。
だって、あともう少し、あともう少しで。
繰り返す、『あともう少し』という言葉。それを頭の中で永遠に反復する。
「私の手で必ず殺してやる」
そう。
「もう弱い私なんかいらない。もう幸せなんかいらない。もう……憧れなんていらない」
願うは、
「ゴブリンを殺す力を」
その時……。
「アグァオォォォォオオオオオッッッ!!!」
耳の奥を引き裂くような咆哮が、唐突に洞窟全体を震わせた。
石壁が音を反射し、低い地鳴りが体中を駆け抜ける。
鼓膜が破れたのかと思うほど痛い。頭の内側まで揺さぶられ、視界が一瞬白く跳んだ。
ゴブリンたちの下劣な笑みは一瞬で引き、驚きの表情をしたと思えば、瞬間に恐怖の表情に切り替わった。
そこからゴブリンは、先ほどまであった呑気さは一切なく、バタバタと激しい足音を残し、ゴブリンらは何かから逃げるようにすぐさま居なくなった。
ゴブリンに置いていかれた私は、ここに一人。しかも繋ぎ止めていた鎖はない。そして開いている鉄格子の檻。ゴブリンが落としていった松明もある。
なぜか、ずっと望んでいた自由がポンと手に入った。
「なんで今なの。……ねぇ神様」
そんな自由に、天井を見上げ、強く保っていた意思がそげ落ちる。
ガチガチと歯が鳴り、唇が震える。
「もう少し、もう少し早く助けてくれてたら、お父さんも、お母さんも、死なずにすんだのに」
ふつふつと、やるせない怒りが胸の中で大きくなる。
目頭が熱くなり、抑えていた感情が熱い涙として溢れてくる。
「もう私には何も無い……何も無いよ……」
ボロボロと、ボロボロと、大粒の涙が止めどなく地面に落ち続けた。




