気づき 《side:進藤明日香》
◇◇◇◇
ここは神殿の間。白い石柱が整然と並び、天井は雲のように白く、淡く光って見える。
足元の大理石は、足音を立てると硬質な反響が返ってきた。
奥には水晶が置かれた台座があり、それを挟む形で白いドレスの女性、ミリスさんが立っている。
彼女の衣装は身体の曲線にぴたりと沿っていた。動くたびに布がさらりと揺れて光を拾う。チャイナ服のようなラインなのに俗っぽさはなく、むしろ清楚さすら感じられた。
胸元は豊かで、腰は細く、お尻のラインさえ布越しに分かる。顔立ちは整いすぎていて、人間と言うよりも造形物に近い。目が合うだけで息を飲むほどで、女神と言われれば信じてしまう。
今は、みんながゲームみたいなレア度のある職業を知らされた所だ。
……ピー、ピギー。
この世界に来た時から耳の奥で、何かが擦れるような不快な音が鳴っている。
その音は段々と大きくなっていて、今では鬱陶しくて無視できない。
……ピー、ピギー。
「貴女たちの職業は私よりも貴女たち自身が知っています。自分の職業をイメージしてください。それが貴女たちの力になりますよ」
……ピー、ピギー。
視界の端から風景がざらつき始めた。視界が炎で焦がされているように視界に黒いモヤみたいな物も現れた。
ミリスさんの声はハッキリと聞こえるのに、頭がボーとしてきて、体に力が入らない。不快な音に耳を塞ごうにも手が動かない。
そして何か大切なことを忘れているような、見落としているような、そんな気がしてならない。
【名前:進藤明日香】
【レアランク:SS】
【職業:聖騎士】
職業をイメージした瞬間、その欠落感は否応に大きくなっていく。
……ピー、ピギー。
「待って」
私はそう小さく呟く。
誰に対して言っているのかは分からない。でも伝えなきゃいけないと思った。
今じゃないとダメで、これを取り逃したら、一生後悔する。
そんな衝動が抑えきれない。
でもその理由が霞みがかって掴めない。
風景が気持ち悪く、視界全部がモヤで汚染されていく。
……ピーーー。
「この世界に少しだけ力を貸してくれませんか!」
ミリスさんが悲痛な面持ちで頭を下げた。
「【SSSランク】の英雄を探すのを手伝ってくれませんか!」
ガチャン。
後ろから扉が閉まる音がして、頭の中で鳴っていた音は無くなった。視界からモヤも消える。
「なんだったの?」
変な脱力感と共に、体が動かせるようになった。
周囲を見ても、誰も動揺していない。私だけが異常を感じていた?
「私がおかしいの?」
「……どうしたの委員長」
真理さんが急に声を掛けてきた。キョロキョロと周囲を見渡していたことに不信感を抱いたのだろうか。
「いえ、大丈夫ですよ」
私は真理さんを安心させるように笑顔を作ってみせる。
「そっか。でもね……何かに気づいても、今は大人しくしておいた方がいいのかもね」
耳元に来て、そう呟いた真理さん。確か真理さんの職業はレアランクのSS、影真者。
私と同じで何かに気付いたのかもしれない。
【名前:佐々木真理】
【レアランク:SS】
【職業:影真者】
真理さんの職業に関してはミリスさんも驚いていた。影真者なんて聞いたことも見たことないと言っていた。
「はいはーい。手伝うのはいいとしても、探すのを手伝うって何をやるんですか?」
真理さんが軽く手を上げて問いかける。その声は柔らかいのに、どこか探るような鋭さがあった。
ミリスさんは頭を上げ、深い息を吐き、さっきよりも真剣な表情になる。
「……では、順を追って説明しますね。まず『英雄を探す』ということについてです」
間を置き、ミリスさんは静かに口を開く。
「本来、この世界の住人は十二歳になると神からレアランクを持った職業を与えられます。そこで初めて、自分の職業が分かるのです」
「へぇ〜、職業は水晶ガチャで決まるんじゃないんだ〜」
ミリスさんは不思議そうな顔をして、手前に置いてある水晶を撫でた。
「ガチャと言うのが何を指しているのかは分かりませんが、この水晶は言わば、異世界人専用です。貴女たちの世界ではレアランクを持った職業がないらしいので、口で理解させるより、直接見た方がこの世界のルールを理解しやすいですよね」
確かに、水晶で自分の職業を見てから視界の右端に【聖騎士】がずっと表示されている。
これがミリスさんの言う、『ルールを理解した』ということだろうか。
「この世界の人たちは水晶が無くても、職業が自分の中に有るものだと理解できています。殆どの人が潜在的に欲しているものになることが多く、親の職業、または憧れている者の職業になります」
私たちが高校を決める時みたいに、この世界の子供たちは職業を考えるのかな? 十二歳だったら中学受験? 進路希望っぽい。そんなことをぼんやりと思う。
「ですが、英雄だけは違います」
重々しい語り口に、神殿の空気がわずかに張り詰めた。
「英雄は十二歳になる前に死にます」
「「「え?」」」
クラスのざわつきが一気に広がり、驚きが反響する。
「それって私たちが手伝ってもどうにもできなくない?」
真理さんが眉をひそめ、軽い声音のまま私が今言いたいことを言ってくれる。 彼女の声の落ち着きように、みんなも私と一緒のことを思っていたのか、周囲のざわつきが止まった。
「はい、本来ならどうしようもありません。ですが一つだけ例外があります」
ミリスさんは、私たち一人一人の顔を見るように視線を巡らせる。
「英雄は異世界から来た貴女たちの運命に強く引き寄せられる性質を持つのです」
「引き寄せられるって、英雄の子供たちが勝手に来るってこと?」
ミリスさんの目が細くなる。
「はい、貴女たちと英雄は出会うべくして出会うのです」
断言する声が静かに響く。
「それはなんで? 私たちに関係があるの?」
真理さんが続けざまに質問を投げる。疑うというより情報を拾いにいくという目をしていたことは分かる。
「異世界人がこの世界に来る時、英雄は誕生する。そして異世界人は英雄の死の運命を変える力がある。それが英雄と異世界人の神に定められた運命。それだけです」
少しの沈黙。
「英雄が私たちを求めて来るって言うことはわかった。けどフェバリエだっけ? この国の名前?」
「はい」
「私たちはこのフェバリエから出られないの?」
真理さんが肩をすくめるように問いかける。
「安心してください。この国にいてくださるなら、衣食住は保証します。それに私たち教会は貴女たちをこの国に縛ることはしません」
ミリスさんは静かに言い切った。
「あと運命的に英雄と出会うんなら、出会った後のことを教えて。私たちはどうすればいいの?」
「はい、この聖堂に連れてきてください。ここまで導くのが貴女たちの役目です」
運命なんて言葉を使っているのに、それはそれで呆気ない。
「それだけ?」
「それだけです」
ミリスさんの言葉なら信じられる。
そんな会ったばっかり人に絶大な信頼感を持っていることが、何故が気持ち悪い。
……ピー、ピギー。
微かに鳴り出した不快な音が気持ち悪さに拍車をかける。
神殿の天井の光がふっと揺れ、ミリスさんの背後の影がわずかに笑ったような気がした。




