レアランク
熱い。
黄色と赤、そしてときおり白く瞬く炎が、街を呑み込んでいた。
地面の奥に残る熱が空気を歪ませ、焦げた木と脂の臭いが鼻を刺す。
悲鳴と絶叫が交じり合うなかで、懇願と諦めの言葉が私の耳に聞こえてきた。
「やめ……て、やめてよ……っ!」
「ケヒヒ、ゴォルグ!」
家と家の隙間に、少女とゴブリンがいる。
少女の格好は無惨という他にない。服は裂け、膝は泥で濡れ、顔は涙と炭でぐしゃぐしゃだ。
向かい合う半裸のゴブリンは、通常の姿をしていた。子供のような体躯に、ボロボロなズボン。そして緑の肌。
違いがあるとするのなら、手に少しだけ見栄えのいい豪華な杖を持っていること。
「鬼さんこちら」
「グル?」
ゴブリンが私の声に反応して振り返る。だけどゴブリンはそれ以上動かない。いや、動けない。
【スキル:影踏み】
炎で揺らめくゴブリンの影を私が踏むと、ゴブリンは凍ったように動かなくなってしまった。
私は左手を腰に回し、そこにある短刀をカチャりと逆手で掴む。
「まぁ今は私が鬼なんだけどね」
そう言いながらゴブリンの首に軌道を合わせて抜刀する。するとスパンという小気味の良い音を短刀は響かせた。
【敗北】が付いたゴブリンは弱体化のデバフがかかり、
【勝利】のバフが付いている私には勝てない。
首なしのゴブリンの体は、私が二歩後退すると、途端に崩れ落ちる。
「……助かったの?」
「まだだよ。まだ遊びは、終わってないからね」
血潮がついた短刀を振り、腰にある鞘に納刀する。
「え?」
混乱する少女を背に、私は遊びを再開した。
◇◇◇◇
【レアランク:F】
【職業:遊び人】
水晶玉に触れると、「パンパカパーン!」 という誰かの可愛らしい声とともに、ゲームのシステムウィンドウみたいな文字が水晶玉の上に現れた。
「え?」
先程まで【Aランク:賢者】や【Sランク:剣聖】やら、バンバンと高ランクな職業を量産して、部屋中を花火やら鮮やかな紙吹雪やらで盛り上げていた水晶玉さんは、最後の一人になって疲れたらしい。
「……最低ランク」
そう呟くのは、水晶玉を挟んで、目の前にいた見目麗しい聖女さん。こめかみと口の端をピクピクさせている。
後ろを見ると、私の学友たちも驚いているのか、大きな目をさらに大きくしていた。
最初に聖女さんが説明してくれたことを思い出す。
『異世界人の貴女たちは非常に運がいいです。こちらの神が貴女たちの【死ぬ】という運命を【転移する】という形で入れ替えました。これは事象の改変でもう変えることはできません。
ですが、苦情は受け付けません。貴女たちは『生きたい』と望んだ。その願いを神は素直に汲み取っただけですから。
でも大丈夫です。神は貴女たちが少しだけこの世界を生きやすいように、最高の職業をプレゼントしています。職業のランクはA以上確定で、もうすでに貴女たちは激的な強さが手に入ってます。この世界を生きていく上で、ちょっとやそっとのことでは苦難にすらならないでしょう』
修学旅行のバスが崖に落ちていくのを見ていた私たちは、聖女さんの言うことをそのまま鵜呑みにして、水晶玉の順番を待つことになる。
でも私の番で、その『ランクA以上確定』は『下回る』という形で更新された。
聖女さんの呟いたことが正しいなら、Fランクは最低なのだろう。
Fランク、そして遊び人。嘘もつけないレベル。最弱の職業ということになる。
「私の次のレベルはなんですか?」
「い、Eです」
Sもあったから、SABCDEFの順に強い職業なのかな。それに気になることはまだある。
「遊び人ってなんですか?」
「……遊び人は遊び人ですよ。ずっと遊んでいる人です」
私の問いに聖女さんはゴクリと唾を飲み込んで、簡潔に説明してくれた。
「貴女たちの職業は私よりも貴女たち自身が知っています。自分の職業をイメージしてください。それが貴女たちの力になりますよ」
両手を広げ、仰々しく言い放つ聖女さん。
「あぁだから頭の中で消しゴム飛ばしの映像がずっとリピートされているんですね。でも聖女さん、これってなんの力になるんですか?」
「……」
「ん? 聖女さん?」
私が再度聖女さんに問うと、だんまりを決め込まれてしまった。
さっきまで「皆さん、この世界のことは何でも聞いてくださいね」とやけにフレンドリーだったのに。
私のジト目に耐えきれなくなったのか、聖女さんはゴソゴソと懐をまさぐる。そしてソフトボールぐらいの巾着袋を取り出した。
「手を」
「え?」
「手を」
「は、はい。ッ! おも」
物も言わせぬ圧に負けて、巾着袋を貰った。すごく重かった。
「その巾着袋に入っているのは全部金貨です。その金貨は働かずしても、この世界では五年は裕福な生活ができます。貴女はこれでたくましく生きてください。応援してますよ」
聖女さんが私の後ろを指でさす。その指の先に目を向けると、扉があった。出て行けということか。
その指示には素直に従おう。大金も貰ったんだ。学友のみんなと別れるのは寂しいが、生きていればどこかで会えるだろう。
トボトボと学友たちの横を通り過ぎる。私が目を向けても誰一人、目が合う人は居なかった。
まだ混乱しているのかもしれない。この世界の情報もなしに、ここで私と共に外に出ても何もいいことは無い。まず自分の安全を優先する。当たり前だ。
扉を開けて振り返る。
「この世界に少しだけ力を貸してくれませんか!」
悲痛な面持ちで聖女さんが学友のみんなに頭を下げていた。
もしかしたら私たちはこのために呼ばれたのかもしれない。
「【SSSランク】の英雄を探し……」
Fランクの遊び人である私では、力にすらなれないだろう。
私は扉を閉めた。
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