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慰霊師  作者: 皇南輝
第2章 交差点で佇む美女の霊
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2- 30 幽霊は恐ろしい存在じゃない!

 美伽が優美を見つめながら微笑んでいる姿に気がついた田中は、満足そうに頷いた。それは美伽の姉である阿手川清美も同じだった。田中と阿手川清美は美伽に近づいた。美伽は微笑んだまま、2人の浮遊霊に顔を向けた。


「淳、お姉ちゃん。私、やっとわかったの。お姉ちゃんのお腹の中にいたまま亡くなってしまった優美ちゃんのためにも、私は生きていかないといけないんだよね」


 美伽の言葉に、阿手川清美は寂しげな笑みを浮かべながら頷いた。


「美伽。私は浅はかだった。私を裏切った翔に復讐するために、私のお腹にいる小さな命のことを考えもしないで自ら命を絶ってしまった。しかも、愛する翔の命まで奪ってしまった。そして、結果的に美伽をひとりにしてしまった。今、罪悪感に満ちた私にできることは、来世で翔や優美に償うことだけ。そして、大切な妹である美伽を見守り続けること······」


 阿手川清美の口調は重かった。さらに、言葉は続く。


「だけど、私は救われたわ。もし、あなたに出会っていなければ私は完全に悪霊となって、もっと罪深い存在になっていたかもしれない······」


 阿手川清美は、結羽の目をじっと見つめた。結羽は、阿手川清美から感謝されていることに気がつくと、はにかみながらうつむいた。


「私は、ただ·····やるべきことをしただけです」


 結羽が答えると、阿手川清美の“夫”である翔が、優美を抱っこしながら真顔で結羽に近づいてきた。


「俺は婚約者である清美を裏切り、結果的に死なせてしまった。その後、俺は清美によって事故死させられた。だが、後悔していない。俺の人生は短かったが、死んだことで、俺は『家族』という温もりを手に入れることができたんだ。これも、君のおかげだ」


 翔は、結羽に頭を下げた。翔の言葉を理解していたのか、優美も一緒に笑顔で頭を下げた。

 結羽は、寄り添い合っている阿手川清美、翔、優美の親子を温かい眼差しで見つめた。一方で、心の隅では寂しさを感じていた。


(家族って、いいな······)


 両親を知ることなく孤児院で育った結羽は、寂しげな笑みを浮かべたものの、すぐに喜びの笑みに作りかえた。


「結羽」


 背後から田中が結羽の名前を呼んだ。結羽は振り返った。そこには、美伽と並んで立っている田中がいた。


「結羽、俺からも礼を言うよ。美伽に笑顔を取り戻してくれてありがとう」


 田中は結羽に頭を下げた。結羽は、首を振った。


「ううん。私こそ、ありがとう。田中さんからの情報のおかげで解決したんだから」


 たまたま出会った浮遊霊が美伽の婚約者で、その美伽が依頼者である阿手川清美の妹だった。この不思議な巡り合わせに、結羽は運命的なものを感ぜずにはいられなかった。


「安堂さん」


 美伽から名前を呼ばれると、結羽は「はい」と返事をして美伽に顔を向けた。

 人からと霊からとでは声の聞こえ方が違う。そのため、人から名前を呼ばれた結羽は、条件反射的に返事をしてしまったのだ。


「安堂さんのおかげで、淳やお姉ちゃんたちと話せることができた。ありがとう。今まであまり幽霊の存在なんて信じてなかったけど、人は死んでも幽霊となって愛する人を見守ってくれてるんだね」


「うん。幽霊は恐ろしい存在じゃなく、普通の人と同じなの。ただ、体を失っただけなの」


「そうだね。人は死んでも、生きてるんだね」


 美伽は、微笑みながら左隣に立っている田中に顔を向けた。

 美伽と田中が見つめ合っていると、美伽の背後霊である礼子が二人より一歩前に出てきた。


「結羽さん。美伽はもう前を向いて生きていける。これも結羽さんのおかげよ。ありがとう」


「いえいえ。礼子さんからの協力もあったからうまくいったんです」


「ところで、1つだけお願いがあるの」


「なんでしょう?」


「もし結羽さんさえ良ければ、美伽とこれからも友人として関わって頂けないかしら?」


 礼子からの提案に対して、その場にいる全員が結羽からの返答を待った。

 結羽は礼子から美伽に視線を移した。美伽は微笑みながら頷いた。


「もちろんです! 依頼者へのアフターサービスは必要ですからね!」


 結羽が明るい声で返事をすると、その場にいる全員が軽やかな笑い声をあげた。


「安堂さん。これからもよろしくお願いします」


 美伽は、結羽に頭を下げた。


「美伽さん、頭を下げないでくださいよ。それに、美伽さんの方が私よりお姉さんなんだから『結羽』と呼んでくれていいんですよ」


「わかった。じゃあ『結ちゃん』と呼ぶね!」


「はい!」


 結羽は、美伽が差し出した手を優しく握った。結羽が孤児院から独り立ちして以来、初めて『友人』ができた瞬間だった。




 その日の夕方、結羽は大通りの歩道橋から都心を染める夕焼けを見つめていた。


 美伽や浮遊霊たちと別れ、再び“ひとり”となった結羽は、少しばかり寂しさを感じた。その一方で、満足感も得ていた。

 初めて『慰霊師』としての依頼をやり遂げたからだ。

 初めての依頼者は『人』ではなく『霊』だったが、自分の霊能力を使って役に立つことができたのだ。これは、結羽にとって小さな自信に繋がる大きな一歩になった。


 夕焼けに染まるビル群を見つめながら、美伽との別れ際に彼女の背後霊·礼子が口にした言葉を思い出した。


「結羽さんにも強い霊能力があるはずだから、もっともっと磨きをかけてくださいね」


 礼子の言葉が、結羽の頭の中で何度も響いた。


(結羽さんにも······って、礼子さんは誰と比較してあんなことを言ったんだろ)


 結羽は、西の空に現れたひときわ輝く金星を無意識に見つめながら考えた。しかし、その思考は左肩に座っているホイップの一言で中断させられてしまった。


「ゆうは、おなかすいた」


「よし、帰ろっか」


 結羽はホイップに笑みを向けながら答えると、宵の明星に背を向けて帰途についたのだった。






(第2章 おわり)

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