2- 28 現れた婚約者の霊
嬉しさと悲しみが混ざりあった感情に心を覆われてしまった美伽は、地面に伏すようにして泣き崩れてしまった。そこへ、さらなる別の霊が美伽に声をかけた。その声は、美伽の心に懐かしさと愛おしさをもたらした。
美伽は素早く顔を上げると、声の主に顔を向けた。次の瞬間、美伽の時間が止まった。
美伽の目の前には、作業服姿の霊が笑顔で立っていた。全身が透き通ってはいるが、それは美伽が心から愛してやまない婚約者・田中淳だった。
「淳!」
美伽は田中の名前を叫ぶと同時に、彼に抱きついた。しかし、田中は霊体であるため、美伽は彼の全身を突き抜けて前のめりに倒れた。
「美伽さん、大丈夫ですかっ!」
美伽が前のめりに勢いよく倒れたので、結羽は美伽の上体を起こそうと駆け寄った。それより早く、美伽は上体を起こすと、振り返って田中を見つめた。
「本当に淳なの?」
「そうだよ。幽霊になっちゃったけど、俺は淳だよ」
田中は、額に土が付着していることに気づいていない美伽に優しげな眼差しを向けた。
またしても、美伽は泣き崩れた。そんな美伽に田中は歩み寄ると、彼女の背中をさする仕草をした。
「美伽との約束を果たせずに死んでしまって、ごめんな······」
田中は、美伽の背中を見つめながら呟いた。その言葉に反応するように、美伽が顔を上げて、田中を見つめた。
「淳のバカ! なんで急に死んじゃうのよ!」
美伽は鼻をすすりながら、田中に怒りをぶつけた。
「でも······淳に会えて嬉しい」
「うん。俺も、美伽に自分の存在を知ってもらえて嬉しいよ。だけど、これも一時的なんだろ?」
田中は結羽に顔を向けて尋ねた。結羽は「うん」と頷いた。それを確認した田中は、美伽を真剣な眼差しで見つめた。
「美伽、時間がないから、よく聞いてほしい。俺の願いは美伽が幸せになることだ。俺は、いつも美伽の傍にいる。だから、悲しまないで、しっかり前を向いて生きてほしいんだ」
美伽は鼻をすすり、涙を指先で拭いながら田中を見つめている。田中の言葉に、阿手川清美が頷いた。
「そうよ、美伽。田中さんも、私も、身体は失ってしまったけど、美伽を見守ってるわ。だから、もうこれ以上、悲しまないでほしいの」
阿手川清美は、妹を諭すように言った。
美伽は黙り込んでいる。結羽は、そんな美伽を見つめながら、このタイミングで美伽に声をかけるべきか迷っていた。
(私が美伽さんを慰めるより、ここはやっぱり清美さんや田中さんに任せるべきなのかな······)
そのとき、結羽は、美伽の背後霊である礼子の視線を感じてそちらに顔を向けた。礼子は結羽と目が合うと、無言のまま頷いた。
(礼子さんは何が言いたいんだろう?)
礼子の頷きを理解できない結羽は、焦りを覚えた。礼子は結羽に何らかのアクションをとることを促している。しかし、結羽にはそれが理解できない。
結羽が呆然と礼子を見つめていると、突然、礼子が胸の前で手を合わせて目を閉じた。
(合掌? お墓参り? そうか!)
礼子が合掌する姿を見た結羽は、あることを思い出した。
さっそく、結羽は動いた。
「美伽さん、私への報酬についてなんですけど······」
結羽は、場違いな発言、だと認識しながらもあえて報酬の話を切り出した。
「おいおい、結羽。そんな話は後にしてくれよ」
呆然と結羽を見つめている美伽の傍で、田中が文句を言った。
しかし、結羽は引かない。
結羽には、考えがあった。
つづく




