2- 24 姉から妹への言葉
阿手川清美の妹である美伽は婚約者である田中を亡くし、さらに姉の清美が自ら命を絶つという不幸を味わった。
立て続けに愛する人を喪った美伽は、失意のどん底にあった。生きる気力を失った美伽は、仕事をしないで毎日のように海を眺めている。美伽の婚約者である田中は霊となっても、彼女の身を案じ続けている。そんなときに田中は結羽と知り合い、彼女が求める情報を渡す引き換えに条件を出した。それは、美伽が生きる気力を取り戻すよう協力してほしい、というものだった。
結羽は、霊である阿手川清美からの報酬を何にしようかと考えたとき、すぐに美伽のことが頭に浮かんだ。
「私が望む報酬は、美伽さんが生きる気力を取り戻すことです」
「それはどういうこと?」
阿手川清美が不思議そうな表情を浮かべながら尋ねた。すると、結羽は事故現場の人だかりを見回した。
「ここではなんだから、公園でお話しませんか?」
結羽は阿手川清美の家族や美伽、田中らに顔をめぐらした。彼らが同意したので、交差点近くの公園へみんなで移動することになった。
事故があった交差点の近くには比較的大きな公園がある。公園には小規模ながら森林があり人工の水路や遊歩道、芝生がある。
都民にとって憩いの場だ。
結羽もアルバイト帰りによく立ち寄っては、スズメなどの小動物の霊を成仏させていた馴染みの場所でもあった。
結羽は公園に到着すると、美伽と並んでベンチに腰を下ろした。ベンチの周辺には誰もいない。しかし、阿手川清美や翔、優美、田中、礼子といった霊たちがベンチを囲むようにして並んでいる。
ベンチに座る結羽の前には阿手川清美が立っている。結羽は隣に座る美伽を一瞥したあと、阿手川清美を真剣な眼差しで見つめた。
「清美さん。美伽さんは婚約者の田中さんだけでなく、姉である清美さんまで失って悲しみに沈んでいます。そんな美伽さんを力付けてあげてください」
結羽の言葉に、隣に座っていた美伽が結羽の視線の先に顔を向けた。
「今、お姉ちゃんが目の前にいるの?」
美伽の言葉に、結羽は頷いた。
阿手川清美は、結羽の隣に座って自分の方を見つめている妹に顔を向けた。
「私のせいで······。美伽、ごめんね」
阿手川清美は美伽の正面でひざまづくと、妹の両手に触れた。しかし、霊が見えない美伽にはそれを知る由もない。
「清美さんが、美伽さんの手に触れながら、ごめんね、と謝ってますよ」
結羽は美伽に微笑みを向けながら伝えた。美伽は自分の両手に視線を落としたあと、大粒の涙をこぼした。
「お姉ちゃん······」
阿手川清美は、立ち上がると美伽の上半身を包み込むように抱き締めた。
「美伽さん。清美さんは、翔さんと仲直りしたの。だから安心してください」
「本当に? 信じていいの?」
結羽は、笑顔で美伽に頷いてみせた。
「それからもうひとつ、報告があるの。清美さん、話してもいいよね?」
結羽は、美伽を抱きしめている清美に尋ねた。阿手川清美は、結羽が口にしたいことを察すると「もちろんよ」と笑顔で頷いた。
「清美さんのお腹の子が霊となって翔さんに抱っこされてるの」
その言葉に美伽は驚いて結羽を見つめた。
「お姉ちゃんの子が?」
「うん。優美ちゃんという可愛らしい女の子なんですよ」
「そっか、お腹の子は女の子だったんだ······。でも、お姉ちゃんと一緒に亡くなってしまったんだよね」
美伽は再び声を震わせながらうつむいてしまった。
結羽は、阿手川清美に顔を向けてその言葉を聞き取ると、再び美伽に顔を向けた。
「美伽さん。清美さんがね、こう言ってるの。私たち親子は美伽を見守っているからあなたはこれからも幸せに生きてほしい、と」
阿手川清美の言葉を伝える結羽は、ひと呼吸おいてさらに続けた。
「昔、清美さんが落ち込んでるときに美伽さんはイルカのDVDを清美さんに贈ったみたいだね」
その言葉に、美伽は驚いて結羽をじっと見つめた。
「うん。お姉ちゃんが高校生のとき彼氏にフラれて落ち込んでいたから励ましてあげようと、イルカのDVDをお姉ちゃんに贈ったの」
「そのDVDが黄色の本棚の中にあるから美伽もそれを見て元気だしなさい、て清美さんが言ってますよ」
「お姉ちゃん、あのDVDをずっと持っていてくれたんだ······」
美伽は鼻をすすりながら嬉しそうに微笑んだ。結羽はその表情を見たとき「あっ」と心の中で叫んだ。なぜなら、初めて美伽の笑顔を目にしたからだった。
(つづく)




