2- 22 幼い女の子の正体
血まみれの翔が路上に倒れている阿手川清美に暴行を繰り返し、翔の背後では田中がそれを制止しようとしている。その状況のなかで、倒れている阿手川清美のすぐ傍の路面では白く淡い光が生まれていた。
結羽は、白く淡い光が霊的なものかを見極めようと、じっと見つめた。すると、白く淡い光は次第に人のような形に変わっていく。
「やめて。やめて。やめて······」
再び、幼い女の子の声が結羽の耳に届く。やがて、白く淡い光は幼い女の子の姿に変化した。
それは3歳児くらいの女の子で日本人形のような長い黒髪、白いワンピース姿だった。よく見ると、全身が透けている。
え、どうして女の子の霊が現れたの?
結羽は幼い女の子の霊を注視して、その正体を見極めようとした。しかし、結羽にはさっぱり見当がつかない。
「パパ、ママ、やめて。やめて」
幼い女の子が発した言葉に、結羽は自分の耳を疑った。
パパ、ママって誰のこと?
結羽は意味がわからないまま、呆然と幼い女の子を見つめた。
幼い女の子の小さな叫びが翔や阿手川清美に届くと、2人は目の前にいる幼い女の子に顔を向けた。同時に、翔は全身の動きを止めた。
「パパ、ママ、やめて」
幼い女の子は同じ言葉を繰り返しながら、翔と阿手川清美の顔を交互に見た。
阿手川清美は身を起こして正座をすると、首を傾げながら幼い女の子を見つめた。
「あなた、誰なの?」
阿手川清美が幼い女の子に尋ねた。すると、幼い女の子は可憐な声で阿手川清美を「ママ」と呼んだ。
「私はあなたのママじゃないよ」
阿手川清美は即座に否定すると、幼い女の子を冷たくあしらい、そっぽを向いた。
「ママ、私の名前、忘れちゃったの?」
幼い女の子は阿手川清美の顔を覗き込むようにして尋ねた。
阿手川清美は不愉快な表情を隠すことなく幼い女の子を睨みつけた。
「名前も何も、私は子供なんて産んだことがないの!」
「うん。分かってるよ。だって私、ママと一緒に死んじゃったから」
幼い女の子はクスッと無邪気な笑みを浮かべた。
ママと一緒に死んじゃった?
その言葉に阿手川清美は絶句した。
目を見開いて幼い女の子を見つめる阿手川清美。
「あなた、名前は?」
「優美。ママが私の靴下を編みながら考えてくれた名前だよ」
幼い女の子が微笑みながら答えると、阿手川清美は呆然として全身を石像のように硬直させた。
「本当に、私のお腹の中にいた赤ちゃんなの?」
「うん。でも死んじゃったから、きっと神様が私の姿を変えてママに会わせてくれたの」
阿手川清美は、幼い女の子の姿に自身の幼い頃の面影を見出したとき、間違いなく目の前にいるのは我が子だと確信した。
「優美!」
突然、阿手川清美は名前を叫ぶと、幼い女の子である優美を勢いよく抱きしめた。
「あなたは、間違いなく私のお腹の子! そうよ、優美という名前は私が赤ちゃんの靴下を編んでるときに思いついた名前だったの!」
「ママー!」
優美は母である阿手川清美の首に小さな腕をまわして抱きしめた。母である阿手川清美も我が子の顔を何度も見つめては抱きしめた。
「パパ」
優美は母の肩越しに翔を見上げながら笑みを向けた。その瞬間、翔の両肩がピクリと動いた。
翔は、優美を訝しげに見つめた。
「本当に、俺の子なのか?」
「そうよ。よく見てよ。成長した優美の顔つきが翔に似てるでしょ」
翔の疑問に阿手川清美は落ち着いた口調で答えた。
翔は屈んで優美に顔を近づけた。確かに顔の輪郭などが自分に似ている、と翔は思った。
「本当に俺の子なのか······本当に······」
翔が血まみれの顔で声を震わせながら呟いたときだった。
翔に異変が起きた。
(つづく)




