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慰霊師  作者: 皇南輝
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2- 21 弾き飛ばされる結羽

「そうよ。全ては、貴方と出会ったことが間違いだったのよ!」


 突然、阿手川清美が声を荒らげた。その悲鳴にも似た怒声に、結羽は驚いて身をすくめた。


 阿手川清美は、血だらけの婚約者である翔を睨みつけている。その目は血走り、顔は紅潮して長い黒髪が逆だっていた。そんな阿手川清美の姿を目にした結羽は、このままでは自分の手に負えなくなる、と強い不安を覚えた。


 霊とコミュニケーションがとれる結羽だが、悪霊と戦う力は備えていない。悪霊に対しては、ほとんど無力なのだ。


「お前が悪い! お前が悪い! 私の人生を返せ! 私の人生を返せ!」


 阿手川清美は、目の前にいる翔に素早く近づくと彼の首を両手で絞めた。首を絞められた翔は、初めのうちは他人事のように阿手川清美を冷静に見つめていたが、やがて態度を豹変させた。


「お前こそ、俺の人生を返せ!」


 翔は、事故で崩れた顔面を揺らしながら怒鳴った。


 依頼主である美伽はアスファルトに座り込み、阿手川清美と翔は激しく罵り合っている。田中は美伽を心配して彼女に寄り添い、礼子は困り果てたように立ち尽くしている。


 ああ、どうしよう······。


 結羽も、どうしたら良いか分からず、呆然と立ち尽くすしかなかった。


「ゆうは、もうかえろうよ」


 ずっと結羽の左肩に乗ってことの成り行きを見つめていた白猫の霊・ホイップが耳元で囁いた。


 私だって帰りたいよ。でも······。


 結羽は黙ったまま首を左右に振った。


 このまま阿手川清美が悪霊として交差点に留まれば、生きている人たちへの妬みを抱き、無関係な人々を事故に巻き込みかねない。


 何とかしなければ!


 結羽は半ば使命感に似た気持ちを抱くと、罵り合っている2人の霊に近づいた。


「もう、やめませんか?」


 結羽は、恐る恐る声をかけた。左耳に当てているスマホを持つ手が少し震えている。


 罵り合う2人の霊に結羽のか細い声は届いていなかった。


「もうやめてください!」


 結羽は、もう一度、今度は語気を強めて言葉を放った。すると、ようやく2人の霊は結羽の存在に気づいて彼女に顔を向けた。


「お前は引っ込んでろ!」


 血まみれの翔が、片手で結羽を突き飛ばすような素振りを見せた。


「きゃっ!」


 突然、結羽は弾かれたように後方によろめき、尻もちをついて倒れた。結羽の小さな悲鳴に美伽が気づき、顔をあげた。同じく田中や礼子も結羽に顔を向けた。

 ホイップは結羽が弾かれた瞬間、彼女の肩からアスファルトに飛び降りた。そして、血まみれの翔に向かってシャーッという威嚇音を発しながら全身の毛を逆立てた。


 この霊も想念が強いわ!


 結羽は、血まみれの翔を見上げながら警戒した。


 霊のなかには、想念が強いものも珍しくなく、その力でドアを動かしたり人を引っ張ったりという物理的作用を起こせるものもいる。

 実際、阿手川清美は想念の力によって、元婚約者である翔の運転を妨害して事故死させていた。


「お前みたいな女、こうしてやる!」


 血まみれの翔は、結羽を弾き飛ばした腕を激しく振り回して阿手川清美の両腕をはねのけると、彼女の髪を引っ張ってアスファルトに押し倒した。そして、倒れた阿手川清美の頭を執拗に蹴り続けた。

 阿手川清美は悲鳴をあげた。それは、痛みからくる悲鳴ではなく、かつて愛した男から受ける暴力に対する恐怖からのものだった。


「いい加減にしろ!」


 田中が修羅場に飛び込んできて翔を背後から羽交い締めにした。それでも翔は、まるでプログラムされた機械のように阿手川清美を蹴り続けている。


 美伽が異変を察知して立ち上がると、アスファルトに座り込んでいる結羽に近づいてきた。


「安堂さん、どうしたの?」


 美伽が尋ねると、結羽は作り笑いを浮かべた。


「ちょっと、立ちくらみがしただけです」


 結羽はそう答えるしかなかった。

 美伽からの依頼を受ける条件が「亡くなった3人の墓参り」のはずなのに、そのうちの2人が悪霊化して争いあっているのだ。もし、いまここで起きていることを美伽に話せば、さらに話がややこしくなる。


 何とかしなきゃ!


 結羽は、おしりの土埃を払いながら立ち上がった。


 翔は阿手川清美を蹴り続け、田中は翔の背後から羽交い締めにしている。


 幽霊だから蹴られても死ぬことはないけど、いつまでもこのままにしておくわけにはいかない!


 結羽が、どうしようか、と困惑しながら修羅場を見つめた。そのとき、どこからか声が聞こえたような気がした。それは、幼い女の子のような可憐でか細い声だった。

 結羽は周りを見渡した。しかし、結羽の視界に幼い女の子は見当たらない。


 そのときだった。


 結羽は、アスファルトに倒れている阿手川清美のすぐ傍の路面に白く淡い光が浮かんでいることに気がついた。




(つづく)

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