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慰霊師  作者: 皇南輝
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2 - 19 美伽からの依頼

 交差点の事故現場、歩みを止めた通行人たちが見守るなか、何人もの警察官たちが大破した自動車を取り囲むように現場検証を行っている。そのすぐ脇では、阿手川清美が泣き崩れている。そんな彼女を、血だらけとなった元婚約者・翔が事故によって崩れてしまった顔を向けている。


 当然、通行人や警察官たちは、事故現場に二人の霊がいることを知らない。

 霊が見える結羽には、そんな風景でさえ日常のものだった。


 阿手川清美は、ずっと嗚咽している。今は何を言っても無駄だろう。


 結羽はそう感じると、血だらけの男に顔を向けた。


「あなたが清美さんの婚約者だった人なんですね?」


 結羽はスマホで会話をするふりをしながら、血だらけの男に声をかけた。血だらけの男は結羽を一瞥すると、黙ったまま頷いた。


「清美さんが自殺したのも、あなたを死なせたのも、すべてあなたのせいなんです」


「俺は死んだんだな」


 結羽は無表情で頷いた。


「あなたも、清美さんも、清美さんのお腹の子も······もう死んでしまったんです」


「そうか······」


 血だらけの男は、泣き崩れている阿手川清美を見つめた。


「お前、自分が最低だと思わないのかよ!」


 突然、結羽の隣に立っていた田中が強い口調で言葉を放った。


「婚約者である清美さんを裏切り、清美さんをはねたベンツを自損事故に見せかけて工作していたよな?」


 田中が血だらけの男に詰め寄っていく。血だらけの男は田中を見つめたまま何も答えない。


「お前のような自分勝手な男は、清美さんに復讐されて当然なんだよ!」


 田中の言葉に、結羽は同意するかのように頷いた。


「そうか。突然、車が制御不能になったのは、そのせいか。俺は清美に呪い殺されたわけか」


 血だらけの男は自嘲気味に笑った。


「そうよ! 私は貴方を許せなかった! 憎かった! だから、貴方を事故死させようと交差点でずっと待っていたのよ!」


 アスファルトの路面に顔を伏して泣いていた阿手川清美が、血だらけの男に顔を向けた。血だらけの男は阿手川清美からの視線をかわすように結羽に顔を向けた。


「なあ、そこのあんた。俺の身体は救急車で運ばれていったけど、俺はもう助からないのか?」


「今の自分の姿を見れば分かるでしょ。もう助からないよ。人は亡くなったときの姿が霊の姿になるものだからね」


 結羽は冷たい口調で答えた。血だらけの男は自分のちぎれた腕や内蔵が飛び出しかけている血だらけの腹部に目をやった。


「い、痛い! 全身が痛い! 痛い!」


 自分の無惨な姿に気づいた血だらけの男が苦痛の叫び声をあげた。


 結羽は、悪霊となって元婚約者を事故死させた阿手川清美に怒りを覚えたけれど、それ以上に、ひとりの女性の人生を弄んだ元婚約者の男にも強い憤りを感じていた。


 結局、私もまた阿手川清美からの嘘の依頼に振り回されただけだったんだね······。


 結羽は、もうこんな悪霊たちを放っておいて帰ろう、と思った。そのとき、阿手川清美の妹である美伽の顔が結羽の視界に入ってきた。


「安堂さん。私には霊が見えないけど、でも安堂さんの会話を聞いていたら何となく状況は分かったわ。いま目の前に、私のお姉ちゃんと翔さんがいるんだよね?」


 美伽からの言葉に、結羽は二人の霊を見つめながら頷いた。


「私のお姉ちゃんが翔さんを事故死させたということは、お姉ちゃんは悪霊になってしまった、ということなの?」


 結羽は美伽に視線を戻すと、残念そうに頷いた。すると、美伽は二人の霊がいるあたりをじっと見つめた。


「分かったわ」


 美伽は何かを決断したらしく、ひとり頷いた。そして、隣りにいる結羽を見つめた。


「安堂さんは慰霊師なのよね? じゃあ、依頼するわ」


「え?」


 結羽は、美伽からの思いもしない言葉に驚きながら彼女の顔を見つめた。


「依頼って、何をですか?」


「自殺したお姉ちゃんと、お姉ちゃんに事故死させられた翔さんを助けてあげてほしいの」


「それは、成仏させてほしい、という意味ですか?」


「幽霊のことはよく分からないけど、そういう意味になるのかな。とにかく、お姉ちゃんが悪霊のままだなんて絶対に嫌だし、お姉ちゃんの手にかかって命を落とした翔さんにも申し訳ないから······」


「でも······」


「俺からも頼む。美伽の頼みを聞いてあげてほしい!」


 美伽と結羽の会話に田中が割り込んできた。


「安堂さん、ちゃんと報酬も払うからお願いします!」


 美伽が結羽に頭を下げた。

 結羽は戸惑った。なぜなら、結羽は霊を成仏させたことはあるけれど、「成仏させる」ための確固としたスキルやノウハウを体得しているわけではないからだ。

 結羽は周りを見渡した。

 泣き崩れている阿手川清美、「痛い」と悲鳴をあげ続ける血だらけの男、結羽に頭を下げている美伽とその婚約者だった田中······。


「結羽さん」


 澄んだ女性の声がした方へ顔を向けると、そこには美伽の背後霊である礼子が微笑みながら立っていた。


「生きる気力を失っていた美伽が、今は自分のことよりも、清美さんやその婚約者の方を気にかけていると思うの。だから、私からもお願いするわ」


 礼子も結羽に頭を下げた。結羽は頭を下げている美伽を見つめた。そして、強く頷いた。


「分かりました。美伽さんからの依頼を引き受けます。ただし、条件があります」


 美伽が頭を上げて結羽を見つめた。結羽は笑みを浮かべていた。




(つづく)

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