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慰霊師  作者: 皇南輝
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2- 15 想いを伝えるって難しい

 ベンチの下、アスファルトの遊歩道に視線を落としていた結羽は、顔の右側から強い視線を感じた。反射的にそちらに顔を向けると、右隣に座っている美伽が結羽を見つめていた。

 結羽は美伽と目が合うと、驚きのあまり自分の心臓が一瞬震えた。

 結羽を見つめる美伽は美しく、しかし、その表情から滲み出る悲哀を帯びた美しい顔つきはまさに悲劇のヒロインそのものだった。

 それは単なる悲哀ではなかった。そこには、愛する人を一途に想い続ける純粋さがあった。

 結羽は初めて“大人の愛”を見た気がした。それは単なる恋愛感情ではなく、愛する人への想いをいつまでも大切に抱く、一途な愛だった。


 私には無理······。


 結羽は弱気になった。田中への強い愛を抱き続ける美伽に対して「俺のことは忘れて前を向いて生きてほしい」という田中のメッセージを伝えることなどできなかった。それは美伽の想いを否定することになりかねないからだった。


「美伽さんも、大切な·····」


 そこまで口にした結羽は息を止めるように慌てて言葉も止めた。


 しまった! 私は美伽さんと初対面なのに、美伽さんの名前を出しちゃった!


 結羽は美伽の反応を探ってみた。案の定、美伽は驚きのあまり目を丸くしながら結羽を見つめていた。


「あなた、どうして私の名前を知ってるの?」


 美伽は怪訝そうな表情を浮かべながら結羽に尋ねた。結羽は動揺して、視線を左右に揺らした。


 このままだと、美伽さんに警戒されて会話を拒まれてしまう。どうしよう!

 だけど、 ここで美伽さんに怪しまれるくらいなら、正直に真実を包み隠さず伝えるしかない!


 結羽は覚悟を決めた。そんな結羽の表情からその意図を感じ取った田中と礼子が、結羽と美伽が座るベンチの正面に立った。田中と礼子は結羽を見つめている。しかし、霊感がない美伽には2人の姿が見えていない。


「田中さん。私、演技なんかしないで真実を伝えるわ」


 結羽は正面で立って彼女を見下ろしている田中に決意を伝えた。結羽の言葉を受け止めた田中は、微笑みながら頷いた。


「田中って······。え、どういうことなの? なぜ、あなたは私の名前や死んだ彼氏の名前を知ってるの?」


 美伽は結羽に不審な目を向けながら勢いよく立ち上がった。美伽は、ひどく動揺していた。

 結羽もベンチから立ち上がると、自分よりわずかに背が高い美伽を見つめた。


「美伽さん、驚かせてしまってごめんなさい。実は、私······」


 そこまで口にした結羽は黙り込んだ。


 ここで、私には霊が見えて会話ができます、なんて口にしたら“霊感商法”だと勘違いされて逃げられるかもしれない。


「実は、私、美伽さんが付き合っていた田中さんのメッセージを伝えに来たんです」


 結羽はあえて「霊」という単語を使うことを避けた。


あつしから? どういうこと?」


 美伽が真っ直ぐに結羽の顔を見つめている。その目にはあからさまな不信感が漂っていた。結羽は言葉に詰まった。常識的な表現で何と伝えたら良いのか、言葉が浮かんでこない。結羽は黙ったままうつむいてしまった。


「そんなことじゃあ、慰霊師なんか務まらないよ」


 田中は呆れた表情を結羽に向けた。


「だって、亡くなった人の言葉を伝えるなんて、私、初めてなんだもん······」


 結羽は思わず独り言を呟いた直後「しまった」とばかりに口をつぐんで美伽に背中を向けた。


「ちょっと、どうして淳が亡くなったことも知ってるの? あなた、淳とどういう関係なの?」


 結羽の背後から不信感のあまり取り乱し始めた美伽の声がぶつかってくる。


 そうよね。こんなこともできないんじゃ、慰霊師なんて務まらないよね!


 結羽は自分自身を奮い立たせるように心の中で呟いた。

 結羽は振り返って美伽を見つめた。動揺している美伽とは対照的に、結羽の目には力強さが帯びている。

 美伽は、表情が豹変した結羽に気づくと驚いて全身を硬直させた。


「美伽さん、信じられないだろ

 うけど、私には霊が見えるの」


 結羽の言葉に美伽は呆然とした。結羽は美伽の反応を気にすることなく言葉を続けた。


「それでね、亡くなった田中さんが美伽さんにどうしても伝えたい言葉があるらしくて、それを私が伝えに来たの」


 結羽は美伽に事情を伝えながら、想いを伝えるって難しい、と感じた。それもあって、美伽を説得できる自信はなかった。

 結羽は美伽の反応を伺った。美伽は、結羽の勢いに驚いたのか、目を丸くしながら結羽をじっと見つめている。

 美伽は数秒ほど結羽の顔を見つめると、ため息をついた。


「あなた、名前は?」


 美伽は無表情で、落ち着いた口調で結羽に尋ねた。


「私の名前は、安堂結羽です」


「じゃあ、結羽さん。あなたが本当に幽霊を見られるなら、それを証明してみてよ」


 美伽は結羽に不審そうな目で見つめた。結羽は美伽から目を逸らすと、美伽の隣で突っ立って事の成り行きを見守っていた田中に顔を向けた。


「どうした? 結羽」


 結羽の視線に気づいた田中はそう尋ねたものの、すぐに彼女が助けを求めていることに気づき、黙ったまま頷いた。


「美伽のお尻の右側に小さな傷跡がある。それは、美伽が幼い頃にブランコから落ちた傷なんだ」


「うん、分かった」


 結羽は田中から得られた美伽のお尻の傷についての情報をそのまま彼女に伝えた。


「え! どうして知ってるの? しかも、私が小さい頃にブランコから落ちたことまで······」


 美伽はお尻の傷跡やその原因となった事故のことを、初対面である結羽から告げられると目を見開きながら右手で自分の口を覆ったのだった。




(つづく)

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