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慰霊師  作者: 皇南輝
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2- 10 慰霊師、幽霊に胸をもまれる

 結羽は、男子小学生の霊にベンツ衝突事故現場の場所を教えてもらうと、礼を言って公園を後にした。

 結羽は、大通りの歩道を南に向かって歩きながら考え込んだ。


 ベンツが衝突事故を起こし、警察も呼ばずに大型トラックにベンツを載せて走り去った。これって、きっと何かやましいことがあるからだよね······。


 いま結羽は、男子小学生の霊が目撃したベンツ事故現場へ向かっている。もしかしたら、男子小学生以外にも事故を目撃した霊がいるかもしれない。


 梅雨の曇り空の下、結羽は大通りを南に向かって歩き続けた。事故現場である首都高速湾岸線高架下までは数キロの距離がある。

 途中、何人かの霊を見つけることができたので事故について聞き込みをしてみた。しかし、有力な情報は得られなかった。


 やがて、ベンツ衝突事故現場までやって来た。

 ベンツ衝突事故現場は首都高速湾岸線の高架下にある。高架下の道路にはコンクリート壁があり、壁の先端には何かが衝突したような痕跡が残っている。

 事故現場周辺は空き地ばかりで人気ひとけがなく、高架下の道路もほとんど車が走らない。


「こんな場所なら、夜になったらまず人なんて来ないよね」


 結羽は事故現場周辺を見渡しながら呟いた。そのとき、後方から気配を感じた結羽は反射的に振り返った。すると、そこには茶髪の若い男が立っていた。その男の全身は透けている。


「俺が見えるのか?」


 結羽が振り返ると、茶髪男はニヤリと笑った。

 結羽は警戒した。よく見ると、茶髪男の髪は肩までかかり、両耳にはピアス、白い髑髏が描かれた黒いTシャツに黒いジーンズ姿だ。


 チャラいなあ。


 結羽は「やれやれ」と言わんばかりにため息をついた。すると茶髪男はニヤニヤしながら結羽にじわじわと寄っていく。


「お姉ちゃん、可愛いじゃん。俺と楽しいことしようぜ」


 ニヤニヤしながら接近してくる茶髪男に対して、結羽は動じなかった。

 小さな頃から様々な霊を見てきた結羽にとって、こういったヤンキーの霊の存在は珍しくない。


「楽しいことって、なに?」


 結羽は警戒しながらも余裕の笑みを浮かべながら尋ねた。


「楽しいことと言えば、男と女がすることに決まってるだろ?」


「ふーん。でもさ、君、幽霊だよね。どうやって私の体に触れるの?」


 基本的に霊は生きた人間の体に触れることができない。しかし、霊によってはその想念の強さによって様々な力を発揮するケースがあることを結羽は知っていた。


 茶髪男は結羽の胸に両手を伸ばすと、彼女のTシャツの上から両胸を一度だけ揉んだ。その瞬間、結羽は「きゃあ!」と叫びながら後ずさりして茶髪男から離れた。


「さ、触られた!」


 結羽は霊によって胸を触られたことに驚くと同時に、いま目の前にいる茶髪男の霊は稀に見る“人を触る”悪霊だと気づいた。


「へへへ、柔らかいおっぱいだな」


 茶髪男は卑しい笑みを浮かべながら、さらに結羽に近づいていく。そのとき、結羽の左肩で様子を見ていたホイップが茶髪男の顔面に飛びかかった。


「うわ、なんだ!」


 茶髪男は顔面に飛びかかってきた白猫の霊を払いのけると、さらに結羽に近づいていく。しかし、結羽は身動きしないで立ち尽くしている。

 茶髪男は結羽の前方から抱きついた。しかし、どういうわけか、結羽に抱きついた茶髪男は悲鳴をあげながらすぐに彼女から離れた。


「おめえ、何を持ってやがる!」


 茶髪男は結羽を鋭い目で睨みつけた。結羽は、にこりと笑みを浮かべると、首から下げているペンダントをTシャツの中から取り出した。それは艶のある円形状の黒い石だった。


「これは黒曜石のネックレス。あなたみたいな悪霊を遠ざける魔除けの効果があるの」


「汚ねえ女だ。そんな訳のわからねえもの持ちやがって!」


 茶髪男は激高して喚き始めた。


「どっちが汚いのかなー。霊になっても女の子に痴漢するなんて最低だよ。知り合いにお祓いできる人がいるから今度連れてきてあげるね」


 結羽は勝ち誇ったような口調で茶髪男に告げると、手にした黒曜石のペンダントを左右に振ってみせた。


「お祓いだと? そんなことされてたまるかよ」


 茶髪男は捨て台詞を吐くと、逃げるようにその場から去っていった。


「ゆうは、だいじょうぶ?」


 ホイップが路上から結羽を心配そうに見上げた。結羽はホイップを抱きあげると頬ずりする仕草をした。


「ホイップ、ありがとう! 私を守ろうと悪霊に飛びかかってくれたんだね!」


「だって、ゆうはは、ぼくのかいぬしだから」


 理由が何であれ、ホイップが自分を守ろうとして行動を起こしてくれたこと、が結羽にはたまらなく嬉しかった。


「それにしても、まさか霊に胸を揉まれるなんて思わなかったわ!」


 結羽は、今頃になって悔しさと腹立たしさを感じ始めた。そして、黒曜石のペンダントを撫でながら、このパワーストーンが持つ力に感謝したのだった。


「危なかったな、お前」


 突然、背後から若い男の声を感じた結羽は緊張しながら振り返った。するとそこには、灰色の作業服を着た若い男が突っ立って結羽を見つめていた。


 結羽は、警戒した。






(つづく)








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