2-6 ナンパされてついて行く慰霊師
結羽をナンパしてきたスーツ姿の男。その背後から結羽を覗き込むように現れた中年女性。
結羽は、すぐにその女性が、スーツ姿の男の背後霊だと気づいた。
背後霊の女性の外見は50歳くらい。セミロングの黒髪で、目鼻立ちが整った綺麗な女性だ。そして、どこかスーツ姿の男の顔に似ている。
「こんにちは。私ね、この子の母親なんです」
スーツ姿の男の背後霊である中年女性が結羽に声をかけた。優しげな口調だ。
結羽は、背後霊の女性の目を見つめながら無言のまま会釈した。
結羽にとって他人の背後霊を見かけることは日常茶飯事。なぜなら、大半の人には背後霊がついているからだ。
霊が見える結羽だけど、他人の背後霊に不必要に話しかけることは滅多にない。だから、スーツ姿の男の背後霊に対しても、会釈だけしてやり過ごすことにした。
「この交差点で亡くなられた若い女性のこと調べてるんでしょ?」
スーツ姿の男の背後霊からの思わぬ問いかけに、結羽は「はい」と言わんばかりに背後霊の女性の顔をじっと見つめた。
「君、さっきから僕の後ろを見てるけど、どうかしたの?」
スーツ姿の男が振り返りながら結羽に尋ねた。
「えっと、何でもないよ」
「そっか。ねえ、どう? 近くにスタバがあるから一緒に何か飲もうよ」
「ごめんなさい。私、用事があるので······」
結羽がスーツ姿の男からの誘いを断ったとき、彼の背後霊の女性が結羽に向けて手を振った。結羽は反射的に背後霊の女性に顔を向けた。
「私ね、この交差点で亡くなられた若い女性をここで何度も見てるの。良かったら、それについてお話しますよ」
「え!」
背後霊の女性からの申し出に、結羽は嬉しい驚きを隠さなかった。
スーツ姿の男は不思議そうな顔をしながら結羽を見つめた。結羽は笑みを浮かべながらスーツ姿の男の顔に視線を向けた。
「あ、約束の時間までまだ時間あるから、少しくらいなら良いですよ」
結羽はスーツ姿の男からのナンパに応じることにした。しかし、これはあくまでも彼の背後霊の女性から話を聞くためだった。
結羽の態度の豹変にスーツ姿の男は満面の笑みを浮かべると、彼女の肩を軽くポンポンと叩いた。
「よし、じゃあ、すぐそこのスタバへ行こう!」
結羽は大通り沿いにあるカフェ、スタバに向かってスーツ姿の男と一緒に歩き始めた。そのとき、結羽は背後霊の女性を一瞥した。背後霊の女性は優しげな笑みを浮かべている。
「実は昨日、あなたがあの交差点で若い女性と一緒にいるとき、息子は道路の反対側を歩いていたの。そのとき、私はあなたが幽霊を見ることができる人だと気づいたの」
背後霊の女性がそこまで話すと、結羽は黙って頷いた。スーツ姿の男も歩きながら何かを話しているけれど、結羽の耳には全く届いていない。
「そうしたら、今日もあなたが交差点にいて、しかも何かを探しているように見えたの。たまたま息子があなたに声をかけたから、私も声をかけさせてもらったの」
背後霊の女性の言葉に、再び結羽は無言で頷いた。
結羽は考えた。
このままでは、背後霊の女性とまともな会話ができない。何とか一時的に、このお兄さんとそのお母さんを引き離さないと······。
やがて、2人はスタバの店内に入った。すると、背後霊の女性はスーツ姿の男から離れて店内のトイレへ向かって歩いていった。結羽も続くことにした。
「ちょっと、トイレに······」
結羽は恥ずかしそうな笑みを浮かべながらスーツ姿の男に伝えた。スーツ姿の男は笑顔で頷いた。
結羽は店内の女性用トイレのドアを開けると、他に利用者がいないか確認した。
トイレには背後霊の女性以外、誰もいなかった。
背後霊の女性は痩せた体にベージュの服やロングスカートを身につけている。ただ、胸のふくらみがどこかアンバランスだ。
「私、乳がんで亡くなったの。旦那と息子を残してね。そのせいか、息子は女性にだらしがなくなっちゃって。ごめんなさいね」
背後霊の女性は申し訳なさそうに言うと、軽く頭を下げた。
「私は大丈夫です。ナンパされるのは慣れてるので」
結羽は笑みを浮かべた。
「そうなの? 確かに、あなたは可愛い顔してるもんね。じゃあ、手短に話すわ。あの交差点で亡くなった若い女性、私も何度か見てるの。息子がこの辺りをよく歩くからね。それに、あの若い女性が交差点で同じことを繰り返しているから疑問に感じていたの」
「同じことを繰り返してる······んですか?」
「そうなの。交差点で白い車が通る度に近づいてぶつかっていくの」
「ぶつかる? どうしてそんなことをしてるんですか?」
「私にも分からないわ。ただ、白い車の車内を窺っているようにも見えたわね」
「白い車の······。あ、もしかしてそれってベンツでした?」
「ベンツかどうか分からないけど、高級車っぽい感じね」
交差点で高級車にぶつかっていく若い女性の霊・阿手川。いったい何が目的なんだろう?
結羽は顎に手を当てながら「うーん」と唸るのだった。
(つづく)




