2-4 慰霊師はベンツに詳しくない
「えっと、依頼に期限はありますか?」
結羽は美女の霊、阿手川に尋ねた。すると、阿手川は首を傾けて考える仕草をした。
「そうね。逆に貴女は、どれくらいの時間が欲しい?」
質問に対して質問で返してきた阿手川。突然の質問に、何も考えていなかった結羽はうつむきながら唸った。
結羽には、阿手川からの依頼解決にどれくらいの時間が必要かまったく見当がつかない。阿手川の事故を目撃した霊がいるのかさえ分からないからだ。
結羽が答えられずただ唸り声だけをあげていると、阿手川はクスッと笑みを浮かべた。
「しょうがないわね。依頼に期限は設けないわ。だから、私をひき逃げした人を頑張って見つけてちょうだい」
「わかりました」
結羽は阿手川に顔を向けて答えた。そのとき、阿手川の鮮血に染まっている前頭部に視線を移した。よく見ると、彼女の前頭部が少し凹んでいる。おそらく、車にはねられたときに前頭部を強打したのだろう、その傷は見るからに痛々しい。
「阿手川さん、大丈夫ですか?」
結羽は、阿手川の前頭部に目をやりながら尋ねた。阿手川は、結羽の視線が自分の傷口に向けられていることに気がつくと苦笑いを浮かべた。
「大丈夫じゃないわ。死んでるはずなのに頭がズキズキして痛いの。なぜかしら?」
「死に方によっては、死んだときの怪我の痛みが死後も続くことがあるみたいですよ」
「それ、嫌だね。貴女、私の怪我を何とかできないの?」
「私には無理です。でも、陰陽師なら阿手川さんの怪我の痛みをとれるかも」
「それは本当?」
「動画サイトでしか見たことがないので、本当かどうかは分からないけど······」
結羽の返答を耳にした阿手川は、無言のまま視線を空に向けた。
「まあ、いいわ。じゃあ、安堂さん、私の依頼の方、よろしくね」
「は、はい」
結羽は自信なさげに返事をした。阿手川は、そんな結羽からの頼りない返事を聞くと意味ありげな笑みを浮かべ、彼女に背を向けた。そのとき、結羽は何かを思い出したかのように阿手川の背中に声をかけた。
「阿手川さん、ひとつ質問が!」
「なに?」
阿手川は振り返ると結羽の顔をじっと見つめた。
「阿手川さんをはねた車は、どんなのか覚えてますか?」
結羽からの質問に対して阿手川は視線を落とした。
「白いCLA200dよ」
「CLA?」
車の知識が全く無い結羽にはさっぱり意味が分からないので、目を丸くしながら阿手川に聞き返した。
「ベンツよ」
阿手川は事務的に答えた。
ベンツといっても様々な種類がある。結羽にもそれくらいは分かる。しかし「CLA200dはベンツ」だと言われても、どんな形をした車なのか、結羽には分かるはずがない。
結羽は、どんなベンツか分からず、うつむきながら唸った。そんな結羽を見た阿手川は、両手を腰に当てながら呆れた顔をした。
「今の若い子は、すぐ検索するんじゃないの? CLA200dくらいスマホで検索すればすぐヒットするはずよ」
「あ、そっかあ!」
阿手川からの指摘に対して、結羽の表情がパッと明るくなった。
「やれやれ」
阿手川は、ため息をつく仕草を見せると、結羽の左肩で座っているホイップに顔を近づけた。
「貴方の飼い主は頼りないから、しっかりフォローしてあげてね」
阿手川が悪戯っぽい笑みを浮かべながらホイップに伝えると、ホイップは何も答えずにそっぽを向いた。
「じゃあ、安堂さん。頑張ってね」
阿手川は結羽に向かって笑みを浮かべると、背中を向けて車が激しく行き交う交差点内へ入っていった。
結羽には、阿手川が浮かべた笑みにどこか不自然さを感じた。だけど、すでに阿手川は「慰霊師」への依頼者なのだ。今さら依頼者に不信感を抱きたくはなかった。
「ぼく、なんかあのひと、きらいだな」
結羽の左肩で座っているホイップが不満げに呟いた。
「阿手川さんも困ってるのよ。困ってる依頼者のために役に立つことをするのが私の仕事よ」
結羽は優しい口調でホイップを諭すと、空を見上げた。先ほどまで降っていた雨は止んでいた。
「雨、止んだわ」
結羽は赤い傘を閉じるとアパートに向かって歩き始めた。歩き始めると数十メートル先に緑色のコンビニの看板が目に入った。
「何だか少し疲れちゃった。コンビニ寄ってスイーツでも買おう」
「ぼく、ツナたべたい」
「じゃあ、ツナを買ってあげるから、ホイップも私の仕事を手伝ってね」
結羽が左肩のホイップに笑みを向けると、ホイップはしきりに自分の手を舐めていた。




