1- 23 初恋のラブレター
「私がまだ院長になる前だから、10年くらい前かな······」
結羽と向かい合って座っている橘は、記憶を辿るように話し始めた。
「深夜に目が覚めたの。そうしたら私の枕元に誰かいるような気配がしたから見てみたら、そこに私のお婆ちゃんが立っていたのよ」
橘の話をここまで聞いた結羽は、よくあるパターンの話だな、と思った。
結羽は気を利かせて相槌を打った。
「そのとき、私のお婆ちゃんは入院していたから、なぜ私の部屋にいるのか分からなかったの。そしたらね、お婆ちゃんがこう言うの。『明美ちゃん、お願いがあるの。うちの庭の灯篭あたりに木箱が埋めてあるの。その中身を誰にも見つからないように燃やしてほしいの』。お婆ちゃんはそう言うと消えていったのよ」
「それで橘先生は、お婆ちゃんからのお願いを引き受けたの?」
橘は頷いた。
「最初は夢でも見たんだろうと気にしなかったのよ。でもお婆ちゃんが危篤になったとき、試しに灯篭のあたりを掘ってみたら木箱が出てきたのよ。それを見たとき、あのお婆ちゃんは夢の中の出来事じゃなかったんだ、と驚いたのを覚えてるわ」
「木箱の中身は何だったの?」
結羽に尋ねられた橘は、意味ありげな笑みを浮かべた。
「結ちゃんは中身が何だったと思う?」
橘は、結羽に尋ね返した。結羽は、分からない、とでも言うように「うーん」と唸った。
「箱の中身はね、ラブレターだったの」
「ラブレター? 橘先生のお爺ちゃんに宛てた手紙なのかな?」
すると、橘は右手を口に当てながら笑った。
「それが違うのよ。そのラブレターはね、私のお爺ちゃんに宛てたものじゃなくて、お婆ちゃんの初恋の人に宛てたものだったの。それだけじゃなくて、初恋の人からのラブレターも入っていたわ」
「へー! 橘先生のお婆ちゃん、恋多き乙女だったんですね!」
恋バナが好きな結羽は嬉しそうに声を上げた。しかし、橘は急に声のトーンを落とした。
「でもね、ここからが悲しい話なの。お婆ちゃんがラブレターを渡した初恋の人はね、神風特攻隊に志願して亡くなってしまったの」
「神風特攻隊って、戦争中に飛行機で体当たりするあれですか?」
「そう。だからお婆ちゃんは、亡くなった初恋の人との手紙を大切に隠していたのね。その後に結婚したお爺ちゃんに見つからないように······」
「そうなんですか······。切ないお話ですね」
結羽も声のトーンを落とした。
「結ちゃん、話はこれからよ。お婆ちゃんからのお願いとおりに秘密の手紙を燃やしたあと、危篤のお婆ちゃんに会いにいったの。それでお婆ちゃんの耳元で『ラブレターを燃やしましたよ』と囁いたら、突然、危篤だったお婆ちゃんが目を覚ましたのよ! 」
「あ、凄い!」
「そのとき、お婆ちゃんが私だけにこう言ったの。『お爺ちゃんに見られたくない私の秘密だから、どうしても私が死ぬ前に処分してほしくて明美ちゃんにお願いしたの』てね。その後しばらくしてお婆ちゃんは亡くなったわ」
橘は、そこまで話すと寂しげな表情を浮かべた。橘の表情の変化に気づいた結羽は、無言のまま小さく頷いた。
「お婆ちゃんは、死ぬ間際に、霊となって私の枕元に来て最後のお願いをしたんだと知ったわ。でも、それだけじゃなかったの。お婆ちゃんが亡くなった数日後に、また私の枕元に現れたの」
「また何かお願いされたんですか?」
「次はお願いではなくて、お礼だったわ。自宅の日本人形の中にへそくりがあるからそれを自由に使いなさい、てお婆ちゃんが教えてくれたの」
「お婆ちゃんのへそくり!」
「そうなの。すぐに日本人形を調べてみたら一万円札が十枚入っていたわ。もちろん、お婆ちゃんからのプレゼントだと思って頂いたけどね」
結羽と橘は顔を見合わせて笑った。
「そんな不思議な体験をして以来、私も幽霊の存在を信じるようになったの」
「そっか、そっか。じゃあ、橘先生も私と同じように霊を見ることができたんだね」
「お婆ちゃんの霊だけね。結ちゃんのように様々な霊を見ることはできないわ」
結羽は、どうして橘先生が霊の存在に理解があるのかを、橘先生の体験談を聞くことでその理由を知ることができた。
橘先生のように霊の存在を認めてくれる人ばかりなら良いのに······。
結羽は、橘の優しい笑顔を見つめながら思った。




