1- 22 孤児院の怪現象
翌朝、結羽はカーテンの隙間から射し込む一筋の光によって目を覚ました。
昨夜、結羽は四郎を天国へ導いたあと中庭で喜びに浸っていた。その後、かつて孤児院生活をしていた頃の自分の部屋に戻ると、ベッドに倒れ込むなりすぐに深い眠りに落ちていたのだった。
結羽はベッドの上で眩しそうに目を開いた。そのときだった。朝日の中に、小学生の四郎とその両親らしき姿が笑顔で手を振っているのが見えた。
「四郎君!」
結羽はすぐにベッドから上体を起こして四郎の名を叫んだ。しかし、すでに朝日の中に四郎たちの姿はなかった。
「気のせいだったのかな······」
結羽は窓へ近づくとカーテンを勢いよく開いた。朝日が結羽の全身を照らす。今日も昨日と同じくらい青い空が広がっている。
「良い天気」
結羽は青空を見上げた。そのとき、昨夜の、青年となった四郎の姿が脳裏に浮かんだ。
昨夜は、四郎を天国に送ることができた、と喜んでいた結羽だが、もしかしてまた戻ってきていないか、と気になり始めた。
結羽は、すぐに中庭へ向かった。
結羽が孤児院で生活しているとき、四郎と会うときはいつも中庭だった。
結羽は中庭に来ると目を閉じた。森の香りが鼻を撫で鳥のさえずりが耳に届いてくる。結羽が探している霊の気配は感じられない。
「四郎君」
結羽は四郎の名前を呼んでみたが、反応はなかった。
「ゆうは」
突然、背後から結羽の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、ホイップが結羽の顔を見上げながら座っていた。
「あ、ホイップだったのね」
「うん、そうだよ。だれだとおもったの?」
「え、いや、別に······」
結羽は、とぼけてみせたが、その瞬間、昨夜見た青年姿の四郎を思い出した。
結羽は四郎の姿を探すように青空を見つめた。
四郎君、本当に天国へ行けたみたいだね。
結羽は微笑みながら頷くと、ホイップに視線を移した。
「ホイップ、お腹空いたでしょ?」
「おなかすいた」
「食堂のおばちゃんから焼き魚をもらってきてあげるね」
「ぼく、さかな、すき」
結羽は、ホイップと一緒に中庭を離れた。その間際、結羽は四郎と座ったベンチを一瞥した。
さよなら、四郎君······。
結羽は友人だった霊に別れを告げながらも、成長した四郎君があんなにイケメンならもっとおしゃべりしておくんだった、と少しばかり後悔したのだった。
孤児院の食堂で朝食を済ませた結羽は、院長室で橘とテーブルを挟んで面と向かいあっていた。
「結ちゃんのおかげで廊下の足音が消えたわ。ありがとうね!」
院長の橘は、孤児院の廊下で起きていた怪現象が解決したので喜んでいた。
「ある意味、私も原因みたいなものだから······」
「結ちゃんも原因って?」
結羽は、昨夜の四郎とのやりとりを包み隠さず説明した。結羽の霊能力に対して理解がある橘は、何の疑いもなく、結羽の説明を聞き入れた。
「そっか。じゃあ、結ちゃんは初めて人の霊を成仏させることができたんだね。へえー、凄いじゃないの!」
大好きな橘に褒められた結羽だったが、いまいち浮かない顔をしている。
「どうしたの、結ちゃん。浮かない顔してるけど······」
結羽は全面的に信頼している橘に悩みを打ち明けることにした。
「橘先生、私みたいに霊が見える人が他人の役に立つことってできるんですか?」
「当たり前じゃないの! 霊と会話できる結ちゃんがいたからこそ、今回みたいな孤児院の心霊現象も解決できたのよ」
「そうかもしれないけど······。でも、私、小さい頃から霊と会話できたから孤児院のみんなに気味悪がられていたでしょ。だから、霊が見えるからといって必ずしも他人の役に立てるとは思えないよ」
結羽は目の前のテーブルに視線を落としながら自信なさげに言った。
「確かに、結ちゃんは小さな頃から霊とおしゃべりしていたから孤児院のみんなに怖がられていたわ。私だって、最初は結ちゃんのこと怖かったのよ」
「えー! それは初耳」
結羽は橘からの思いがけない発言に驚きと可笑しさを感じ、笑みを浮かべながら橘を見つめた。
「でもね、そんな結ちゃんに対する見方を変えるようなきっかけがあったの」
「あ、それ聞きたい!」
結羽は、橘の次なる言葉を楽しみに待つのだった。




