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慰霊師  作者: 皇南輝
16/47

1- 16 天国への願い

 結羽とお婆さんは、ホイップの事故現場に到着した。

 ホイップの死骸は道路と空き地を隔てる排水溝の中に横たわっている。結羽は、これからお婆さんが愛猫の死骸を目にしなければいけないことを思うと暗い気持ちになった。


「結羽さん、ホイップの亡骸はどこ?」


 お婆さんに尋ねられた結羽は、数メートル先の排水溝を指差した。


「排水溝のあのあたりです」


 お婆さんは結羽が答えると、すぐに早足で排水溝に向かった。排水溝にたどり着くと、腰を屈めて排水溝に手を伸ばした。


「ああ、ホイップ。早く見つけられなくてごめんね」


 お婆さんは、土と血で汚れてしまった白猫の死骸を掬い上げ、そのまま抱きしめた。そのすぐ隣では、ホイップの霊が白猫の死骸を抱きしめるお婆さんを見つめている。結羽は、お婆さんの小さな背中を見つめながら複雑な気持ちになった。


 お婆さんが可愛がっていた猫の死骸を見せるなんて、私は間違っていたのかな。


 結羽は葛藤した。


 そのとき、お婆さんの鼻をすする音が聞こえた。

 ホイップの霊が傍にいることを伝えたことで喜んでいたお婆さん。だけど、今はホイップの死骸を抱きしめながら涙を流している。


「仕方がないことは、珠代もよく知っておる。気にしなさんな」


 お爺さんの霊が結羽の肩に手を起きながら優しく言葉をかけた。結羽は、お婆さんの背中を見つめながら頷いた。


 数分ほど、お婆さんはホイップの死骸を抱きしめていたが、やがて立ち上がった。胸には、硬直して前脚が伸びきったホイップの死骸が抱かれている。


「結羽さんのおかげでホイップの亡骸を回収できました」


 お婆さんは、結羽に向かって寂しげに微笑んだ。そんなお婆さんを目にした結羽は、どう言葉を返していいのか分からず、ただ頷くことしかできなかった。


「結羽さん、もしよろしければ、私の家でお茶でも飲んでいきませんか?」


 結羽は、お婆さんからのお誘いに応じることにした。

 ホイップは、お婆さんの家へ向かっている間ずっと、お婆さんが抱いているホイップの死骸を不思議そうに見上げていた。



 お婆さんは帰宅するとすぐにホイップの死骸を自宅の花壇に埋葬した。埋葬を終えると、死骸を被せた土に種を撒いた。

 ホイップは自分の死骸が埋葬された土を掘り返そうとしている。しかし、ホイップは霊体なので土が掘られてしまうことはない。結羽は、そんなホイップを静かに見つめていた。


 これで、ホイップが天国へ行ってくれたら······。


 そう願った結羽だけど、ホイップとお別れしなければならないことに一抹の寂しさを感じた。


「結羽さん、ホイップは天国へ行けたかしら?」


 お婆さんはホイップの死骸が眠る花壇の前で合掌しながら結羽に尋ねた。結羽は一瞬答えることをためらった。なぜなら、ホイップはまだ花壇にいるからだ。


「実は、まだお婆さんの前にいるの」


 お婆さんに嘘をつきたくない結羽は、率直に答えた。


「そうなんだね。ホイップ、私は大丈夫だから天国に行きなさいな」


 お婆さんは花壇に優しい笑顔を近づけながら言った。


「お婆さんは、ホイップが天国に行くことを願ってるよ」


 結羽もしゃがみこむと、花壇にいるホイップに話しかけた。すると、ホイップは振り返って結羽の顔を見上げた。


「てんごくってなに?」


「死んだら行かなければいけない場所だよ」


 ホイップと結羽の会話が始まると、お婆さんが結羽の横顔を見つめた。


「ぼく、いきたくない」


「じゃあ、これからどうするの? お婆さんと一緒に暮らす?」


「ぼく、ゆうはとくらしたい」


「え! どうして私と? ホイップはお婆さんと暮らしていたのよ。私は関係ないわ」


 結羽はホイップからの思わぬ返答に驚きの声をあげた。すると、結羽の隣で会話を聞いていたお婆さんが、結羽の左腕に優しく触れた。


「結羽さん。もしホイップがあなたと一緒にいたいと望むのなら、ぜひ私からもお願いしたいわ」


 結羽はお婆さんの顔を見つめた。


「でも、お婆さんが可愛がっていた猫ですよ」


「だからこそよ。霊と会話ができるあなたの方が、ホイップも寂しさを感じなくてすむわ」


「そうかもしれないけど······」


 結羽はホイップを見つめた。ホイップも結羽を見上げている。


「ぼく、かいぬしがすき。だけど、おわかれがきたんだ。しかたないんだ」


 結羽は、ホイップをじっと見つめながら思考を巡らせる。


 ホイップは、この子なりに何かを感じているのかもしれない。もし本当に私と一緒にいたいと望むのなら、それに応えてあげるべきなのかな。


 結羽は決心したように頷いた。


「分かったわ。ホイップの好きにしていいわ」


 結羽の決心に、お婆さんは嬉しそうに何度も頷いた。



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